ピアニスト、編曲家として活躍されている福田直樹氏の採譜楽譜。1978年に作成された手書き楽譜だ(福田氏は1960年生まれなので18歳。おそらく大学1年生の頃か?)非常に早い時期に作成された採譜楽譜と思われる。
実はこの楽譜は後述する和田則彦氏の採譜楽譜と瓜二つである(もちろん細部で異なっている部分はあるが)。和田バージョンが発表されたのが1990年だから、常識的に考えれば「福田氏の1978年の楽譜を知っていてそれを参考にした」とするのが妥当と思われる。それほど両者は類似しているからだ。類似点をまとめると次のようになる。
- どちらも原曲の2小節を連結して1小節とする4/4拍子を採用
- 主部後半はリピート記号で繰り返すが、リピート記号を使っているのはこの2つの採譜だけ。しかも、リピート記号の挿入位置が同じ。
- どちらも1回目のトリオで左手の中声部の分散和音がない
冒頭部分
4/4拍子で記譜されているが、スーザの原曲楽譜と見比べてみるとわかるが、原曲の2小節を連結して1小節にしているのが特徴だ。なぜこのようにしたのかは不明だが、その結果、楽譜は8分音符・16音符が主体となり(2/2拍子だと2分音符と4分音符が主体になる)、ピアノ楽譜としては前者のほうが格段に読みやすい。行進曲の記譜形式としては問題だが、ピアノ曲としてはこれが正解かもしれない。
主部の後半部分
HEバージョンに比べると左手の低音の音符がかなり多く跳躍も多い。
主部のラストの繰り返し記号
この繰り返し記号の位置が和田則彦バージョンと全く同じ。
第1回目のトリオの冒頭
HEバージョンにあった「左手の分散和音の伴奏」がない。これも和田バージョンと一致している。
譜面の2小節目の2拍目の左手が「変ホ」を弾いているが、これはメロディーとは無関係な音であり、音楽的にはここに変ホを入れる必然性は全くない。
この変ホ音は実は、ホロヴィッツの録音では明快に聞こえ、私は長いこと「この変ホの音は何?」と不思議に思っていたものだった。その後、和田則彦バージョンを入手したが、変ホ音はどこにも書かれておらず、謎は深まるばかりだった。
その後、他の採譜楽譜を見て、実は左手でも分散和音伴奏を弾いていて、どうやらホロヴィッツはこの分散和音の最後の音(=変ホ音)をついうっかり強く弾いてしまった、ということに気が付いた。これがあの「不思議な変ホ」の正体だ。
天才福田さんもこの「左手の分散和音」は聞き取れず、音楽的には不要だがホロヴィッツが明確に弾いている変ホ音をこのような形で譜面に書き入れたのだろう。
なお、左手のバスはすべてオクターブとなっていて、HEバージョンより演奏が難しい
2回目のトリオの冒頭
3段楽譜で記譜されていて、各声部の関係が非常にわかりやすい。左手のバスはオクターブとなっている。
3回目のトリオの冒頭
これも3段楽譜で非常に読みやすい。
HEバージョンと右手の3拍目の重音音型が異なっている。
3回目トリオの途中
2小節目の右手の下降音階は3度和音の連続。これをみると、HEバージョンがいかに弾きやすく工夫されているかがわかる。
ラストの左手の下降オクターブ
オクターブの始まりがHEバージョンとは明らかに異なっている。