まず最初はSchott社から出版されたHorowitz Editionの楽譜(以下、HEバージョン)。このバージョンの楽譜の特徴は他のバージョンと比較して弾きやすく工夫がされていて、しかも音響効果は十分である点だろう。これからこの曲に挑戦してみようと思っているピアノマニアは、絶対にこの楽譜で練習すべきだと思う。ちなみにテンポ指定はない。

冒頭部分
 このように4/4拍子で記譜されている。行進曲の常識から言えば2/2拍子(=2分音符が一拍)で記譜すべきなのに、なぜ4/4拍子(=四分音符が一拍)なのだろうか。
 理由はスーザの原曲とホロヴィッツ編曲のテンポの違いだろう。スーザの原曲は軽快なアレグロの2拍子だが、ホロヴィッツの演奏を2拍子で取るとアンダンテくらいになってしまうのだ。これは軍隊行進曲の軽快なテンポではない。ホロヴィッツ編曲は演奏技巧の難しさと跳躍の連続のため、「アレグロの2拍子」で演奏することは不可能なのだ。だから「ゆったりした2拍子記譜」をさけて「キビキビしたテンポの4拍子記譜」を選んだと思われる。
主部の後半部分
 両手が常に動き続ける和田則彦バージョンに比べると、このHEバージョンの左手はかなりシンプルになっている。
1回目のトリオの冒頭(69小節目から)
 世界に最初に流布したのが和田バージョンであったことはすでに説明したが、和田バージョンのこの楽譜の最大の違いは「1回目のトリオの左手2拍目の分散和音」の有無であるが(和田バージョンには左手の分散和音がない)、ホロヴィッツの演奏を聞くと「分散和音あり」が正解であることがわかる。
 左手のバスは和田バージョンのほうが重厚で、HEバージョンの方が弾きやすい。
この曲の華とも言うべき2回目のトリオの冒頭。
 「高音のピッコロのアルペジオとトリル」、「中音域の朗々たるメロディー」、「低音の和音伴奏」が同時進行する派手な部分。ピアノ演奏史に燦然と輝く「3本の手」と呼ばれる演奏効果の最良の例である。
 この部分は3段楽譜で記譜した方が圧倒的に譜読みしやすく、HEバージョンでは2段楽譜となっているがここは3段楽譜で良かったのではないだろうか。
 ちなみに、ホロヴィッツが日本公演で使用したスタインウェイ(タカギクラヴィア所有)を間近で見たことがあるが、そのピアノは高音域はほとんど残響がなく、低音域は豊かな残響が響くように特別なチューニングがされていた。ホロヴィッツの演奏ではこの部分を、高音のピッコロをくっきりと明快に弾き、同時に低音の和音はたっぷりと響かせていて、通常のペダリングではこの弾き分けは不可能に近いが、実は「ホロヴィッツのスタインウェイ」ではそれをノンペダルで演奏できるようだ。
 また、HEバージョンでは高音のトリルを音符で明示していて、しかも演奏しやすい(128小節目の後半)
3回目のトリオの冒頭
 高音のピッコロ音景は重音となり、中音域のメロディーもオクターブになり、さらに派手な部分。
 ここでもHEバージョンはシンプルである。例えば、181小節目1拍目の右手のトリルは通常3度とする採譜が多いが、ここは単音トリルである。また、183小節目3拍目の右手も重音の連続でなく単音の部分があり、演奏効果は同じでしかもかなり演奏しやすい。

 184小節の右手のトリルも重音トリルでなく単音トリルになっている。187小節の右手も弾きやすい。


 195小節4拍目からの右手の下降音階。他のバージョンでは3度の連続となっているが、HEバージョンでは弾きやすいパッセージになっている。

 208小節2拍目からの左手の下降オクターブも他のバージョンと違っているようだ