すりむき傷をほうっておくとジクジクしてくるのは皆,経験したことがあるだろう。膝小僧をすりむいたことがない人なんていないからね。
しかも傷口は次第に痛くなってくる。なんだか化膿しているみたいだ。こりゃ,ばい菌が入っただろうということで,消毒しガーゼをあてるのが普通だろう(家庭だとキズバンソウコウの類かな)。
これは外眼角部(目の外側)の挫傷の患者さんだが,他の病院で傷にガーゼをあてられている。ガーゼには浸出液(傷口のジクジク)が染みているのがわかると思う。 実はこの「ジクジク」は化膿しているのでも,ばい菌が入ったものでもない。これは傷を治そうとして体が頑張っている結果なのだ。 |
膝小僧をすりむいたり,包丁で指を切ったりすると傷口ではどんなことが起こっているのだろうか? ここでは実にダイナミックな現象が起きているのだ。大雑把に箇条書きにすると大体次のようになる。
まず,すりむいたり切ったりすると血が流れることになる。こりゃまずい,ってんで血を固めるために血小板が最初に登場するわけだ。その後,死んだ細胞やばい菌なんかを除去するために好中球やマクロファージといった細胞が集まり,こういうのを食べ始める(貪食作用という)。そして傷口をくっつけようと線維芽細胞が集まり,最後に表皮細胞がやってきて傷口をふさぐわけだ。実に合理的である(実際はもっと複雑だけど,あえて簡略化しています)。
といっても,これらの細胞が集まるためには何かが呼び寄せているはずだが,その「呼び込み」をするものが「細胞成長因子(Growth Factor)」と呼ばれるものだ。
例えば,血小板は線維芽細胞や好中球を呼び寄せる成長因子を分泌するし,マクロファージが線維芽細胞を増殖させる成長因子を分泌し・・・という具合に,傷が治るために最善のタイミングで,いろんな種類の成長因子を分泌しながら傷を治すために頑張ってくれているわけだ。
と,ここまできて勘のいい人はわかったと思うが,傷口から「ジクジク」と分泌されているのは,実はこの「細胞成長因子」なのである。つまり,傷口を治そうと体が必死になって「ジクジク」させているのだ。これを「化膿しているんじゃない」とか「ばい菌が入ってジクジクしているんだ」なんて言ったら,バチが当たるのだ。
しかも,細胞の身になって考えるとわかると思うが,細胞が移動するにしろ,集まって何かの仕事をするにしろ,乾燥した状態は非常に辛い。要するに細胞にとって乾燥している状態というのは例えて言うと,「砂漠の中で水も食料もなしに移動しろ,仕事をしろ」と言われているようなものなのだ。
水も食料もなしに人間が砂漠で生存できないと同様,乾燥した状態ではどんな細胞も生きていける訳がない。
要するに「ジクジク」した状態というのは,傷口を治す細胞にとって最も働きやすい状態ということになる。というか,傷口に集まってきた細胞が,自分たちが最も働きやすい環境を作るために,いろんな物を分泌している,という風にも考えることができる。
傷口にガーゼを当ててはいけないと前に書いたが,この「ジクジクの正体」を知ると,傷にガーゼをあてることの危険性と愚かしさが見えてくる。
つまり,傷にガーゼをあてると,細胞君たちがせっせと作っている貴重な「細胞成長因子」をガーゼが吸い取り,蒸発させてしまうのだ。つまり,ガーゼは傷が治るのを妨害しているだけの存在だ。
すりむき傷をガーゼで覆うと,傷は治らなくなるのだ。「傷を治したくなかったらガーゼをあてろ」と言い換えてもいいだろう。すくなくともすりむき傷のような表皮欠損創にとって,ガーゼは百害あって一利なしと断言できる。要するにガーゼは創傷治癒にとって有害な存在でしかない。
じゃあ,傷は何で覆ったらいいのということになる訳だが,ここでも「創傷被覆材」が登場する。
(2001/10/02)