殿部〜大腿外側〜鼠径部の広範全層皮膚壊死

これでも植皮は不要,自然上皮化なのに瘢痕拘縮は軽度


 よく講演会で,「どのくらいの面積までなら保存的に治療可能ですか?」という質問をいただく。今回はそれへの回答ということで1例を提示する。皮膚どころか脂肪組織も全層壊死で,殿部から大腿外側にかけてのかなり広範な皮膚軟部組織壊死である。ま,このくらいの面積でも植皮は要らないんだな,植皮してもしなくても傷は治ってしまうんだな,瘢痕拘縮は恐れるほどは起きないものだな,ということを理解していただけたら幸いである。


 症例は30代前半の男性。長野県の隣よりちょっと遠い県の住人である。
 9月28日,交通事故に遭い,右鼠径部(あと数センチでペニス)〜右大腿〜右殿部(肛門まで数センチ)にかけての広範な裂挫創を受傷。直ちに地元の総合病院に救急車で搬送され,同日,全身麻酔下にデブリードマン,創洗浄,ドレーン挿入と創縫合を受けたが,次第に皮膚が壊死してきた。

 これに対し,主治医は「壊死組織を切除すれば広範な組織欠損になり,保存的治療では治癒は望めず,単なる植皮では瘢痕拘縮で歩けなくなる」と説明し,遊離広背筋皮弁移植術を行う旨の説明を受けた。

 それに対し,患者はインターネットでさまざまな情報を集めるうちに当サイトを発見し,筆者にメールで状況を説明し,ダメモトで来て頂くことになった。10月15日(受傷から17日目)に当科外来を受診し,直ちに壊死組織の切除を行い,形成外科入院となった。


10月15日 デブリードマン後 10月20日

 初診時の状態を示す。右殿部(写真左)〜大腿外側〜右鼠径部(写真右)にかけての全層黒色壊死が厚く覆い,壊死組織の大きさだけで長さ40センチ弱,幅15cm弱であり,この時点で壊死部分周囲の近位側皮膚には発赤が認められた。2本のペンローズドレーンが挿入されていた。
 直ちに壊死組織を全て切除し,アルギン酸塩被覆材で被覆した(ちょうどいい具合に試供品が沢山あったので全て覆うことができた)
 10月18日頃より浸出液が増加し悪臭,発熱を認めた。直ちにデブリードマンを行い,写真中央の大腿外側〜腰部にかけては大きな皮下ポケットとなっていて,その中が融解した脂肪壊死で充満していたため,これを切除した。ポケット表面の皮膚循環も不良だった。
 10月20日の状態を示す。発熱は治まり,悪臭も治まった。結局,悪臭の原因は壊死した脂肪組織由来のものだった。しかし,創面に残る脂肪組織も循環が悪く,結局すべて壊死した。創は最大20cmに広がった。


10月24日 10月30日 11月6日

 10月23日,残っていたポケット(壊死した脂肪組織がドロドロ溶けていた)も切開し,壊死組織を切除。
 10月26日より元祖ラップ療法(当時はまだ穴あきポリ袋法は思いつかなかった)をしたり,プラスモイスト貼付にしたりして,どれがもっとも治療効果があり,患者さんが快適かを試行錯誤した。
 10月28日に一度発熱したが,最後まで見逃していたポケットを開放することで解熱した。
 11月2日(受傷後35日),当院を退院し,自宅に戻っていただき,同県で湿潤治療を行っている医師に紹介し,そちらに外来通院しながら,時々こちらに来ていただくこととした。退院時の創の大きさは35×30センチほどであった。


11月20日 12月30日 1月23日 5年後の状態

 11月20日(受傷後53日)に外来受診していただいたときの写真。きれいな肉芽で覆われ,創は平坦になっている。この頃から徐々に会社に顔を出すようになったそうである。その後はプラスモイストでの創面被覆を続け,時々デジカメで撮影した写真を患者さんから送ってもらうこととし,照会先の病院でフォローしていただくこととした。
 そして12月30日(受傷後93日)の写真は患者さんが自宅で撮影したもの。急速に肉芽収縮が起こり,創治癒が進んでいることがわかる。ちなみに,歩行などに関しては全然不自由ないとのことであった。
 そして受傷後117日目の1月23日の画像。普通に会社に通勤し,通常通りに仕事をしているそうだ。運動障害となる瘢痕拘縮も起きておらず,特に問題はないようであった。

 5年後だが,日常生活に一切不都合はなく,普通にスポーツをしているとのことだった。

 ちなみに,11月20日の写真のような「きれいな肉芽で平坦になり陥凹部がない」状態になると,どんなに広い皮膚欠損であっても,急速に肉芽収縮が起こる。この状態になったら,医者はひと安心してよい。

 さらに,その1ヶ月前の10月20日の写真。このくらい壊死組織があっても,別にウジ(マゴット)に来て頂いて壊死組織を食べてもらわなくても,すぐになくなる事がわかる。この症例での壊死組織がなくなった経過は「肉芽面からのデブリードマン」であって,一挙に根こそぎ取れている。この点でも,マゴット治療は多分いらないな,という気がする。


 11月6日,あるいは11月20日の写真を見ると,昔の私,バリバリの形成外科だった頃の私なら,「植皮して速く傷を閉じて」あげたくなって,必死に患者さんを説得したと思う。遊離広背筋皮弁はしないけれど,取りあえず植皮くらいはしてあげなければいけないな,と使命感に燃えたと思う。
 しかし,それは余計なお世話である。普通通りに会社づとめができているし,日常生活の不便もあまりないからである。何もせずに治るなら,これほどめでたいことはないのである。少なくとも私が患者なら,絶対に植皮術はして欲しくないし,されたくない。
 形成外科医だった頃の自分を振り返ると,「植皮は体の負担も少ないし」と,あまりに安易に植皮術を考えすぎていたことを反省している。

 また,股関節外側という歩行で重要な関節だから,ここに瘢痕拘縮が起きたらどうするんだ,という心配もあるが,それも杞憂である。このような症例を多数経験していると,従来の教科書に書かれていた「肉芽」と,正しく湿潤治療した「肉芽」はどうも質的に違っているような気がする。

 この「肉芽の質」の違いを生み出しているのは,湿潤状態の維持もさることながら,日常的に患部を動かすこと,創部を安静にしないことが重要ではないかと思う。適切な湿潤状態に置かれて日常的に動いている部位の肉芽は柔軟な印象がある。そして,肉芽収縮によって創収縮が起こっても,周囲の組織は運動に必要な分増生しているためかどうかは不明だが,これもそこそこ柔軟性があり,決してガチガチに固くないのである。

(2007/03/15)

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