薬効成分の呪縛


 以前から,医者は薬効成分の表示を盲信する傾向があると感じていた。要するに,薬は薬効成分を含んでいるから有効だ,という考えがちだ,ということである。だからその裏返しとして,薬効成分を含まない物質に治療効果があるわけがない,と考えてしまう。

 創傷被覆材について説明すると必ず出る質問が,「その被覆材には薬が含まれているんですよね?」というものだ。つまり,被覆材を使った治療を症例を使って説明すると,「そんなに有効なのは,何かすごい薬が含まれているからなんですよね」と勘違いしてしまうのだ。こういう反応をするのは医療の素人だけだと思っていると大間違い。プロの医療者も同じ間違いをしているのだ。

 だから,被覆材には薬は含まれていないと説明してもなかなか理解してもらえない。まして,「どんな褥瘡もサランラップと紙オムツだけで治療可能」と説明しているのに,「軟膏は何を使っているんですか?」という質問が必ず来るのである。オイオイ,さっきから「薬は使わずにラップだけ」って言っているだろう!  どうも,薬を使わない治療がどうしても理解できないらしい。
 薬信仰,薬効信仰はかくも根深いのである。


 以前から気になっているのが,褥瘡治療に頻用されているゲーベンクリームやオルセノン軟膏。前者には強力な抗菌剤が含まれているし,後者には肉芽形成促進作用のある薬効成分が含まれている。だから前者は感染創に使われるし,後者は肉芽が上がってこない創の治療に使われる。これが日本の医学の常識。

 だが,これらの軟膏を使ってみるとわかるが,なかなか治癒が進まないのである。前者を使っていると確かに感染は防げているのかもしれないが(私はそれすら疑っているが・・・),これを使っている限り肉芽は絶対に上がってこない。つまり治癒過程がストップしている。オルセノンも同様で,これを使っても健康な肉芽は上がってこない。あの肉芽を見て「肉芽が上がってよかった」と言うのは,健康な肉芽を見た事がない医者と看護師だけだろう。断言するが,この軟膏では健康な肉芽は上がらない。


 その理由は,両者ともクリーム基剤の軟膏だからではないかと思っている。クリームは基本的に乳化剤,すなわち油を溶かして水溶性にする薬剤である。つまり生体にクリームを使用すると,表面にある組織の油分を溶かしてしまうのではないだろうか。正常の皮膚の場合はそれほど悪影響はないのかもしれないが,創面では被害甚大のはずである。だから,これらのクリーム基剤の軟膏を傷に直接塗布すると痛みを訴えるし,肉芽形成が抑制されるのではないだろうか。


 オルセノン軟膏には確かに肉芽形成促進作用のある薬効成分が含まれているのだから,これが効いていない訳がないだろう,という反論もあるだろう。だが,ちょっと待って欲しい。この軟膏全体で薬効成分の割合は何%だろうか。

 調べてみるとすぐわかるが,実は微々たる量である。つまりこれは,巨大なスポンジケーキの上に,ほんのちょっぴり,クリームが載っているようなものだ(と思う)。このようなケーキで味がいいとしたら,それはスポンジケーキの味が良いからであってクリームの味ではないのである。もしもケーキがまずかったら,それはクリームがまずいのでなくスポンジケーキがまずいのである(何しろ,味の大部分を占めているのはスポンジケーキの部分である)

 要するに,軟膏の組成の大部分を占める基剤が組織障害性を有するクリームだったら,いくら薬効成分のある薬剤を添加したとしても,それがトータルとして有効に作用するとはとても思えないのである。


 リスターが石炭酸に固執したのも,石炭酸が薬効成分を有していたからだろう。強酸性水の使用を勧める医師も,強酸性水に殺菌力という薬効成分があるから,その有効性を主張するのだろう。つまり,こういう発想の根底にあるのは,治療効果は「薬効成分があるもので洗った」からであり,「洗う」という日常動作に治療効果があるわけがない,というものだ。

 さらにこういう「薬効至上主義」で最も悪いのは,ある薬剤が効かない時に,代わりの薬剤を選ぶ方向に全力を傾けるけれど,「薬を取りあえず止めてみる」という発想が生まれにくい点にある。何しろ「薬を使わなければ治らない」と考えているから,薬を止められないのである。


 要するに,病人や怪我人に何か「薬」を投与していないと不安でしょうがない医者(看護師)が沢山いるのである。

(2003/11/25)

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