褥瘡治癒過程のアセスメント:数字なら足していいのか?


  褥瘡の治癒過程のアセスメントについてさまざまな方法が提案され,日常的に使用されていると思う。

 しかし私は,この評価法がおかしいのではないかと思っている。理由は次の2点である。

  1. 褥瘡の各要素が0以上の整数であらわされることの妥当性
  2. 上記の数字を足して状態を評価することの妥当性


 現在,主流なのは褥瘡の状態を各項目ごとに数値化する方法であり,次のようなものがある。

 例えば,DESIGNでは深さ,滲出液,大きさ,炎症,肉芽,壊死組織,ポケットの7項目について4~6段階くらいに分類するし,PUHPでは滲出液,炎症,壊死組織,深さなどの6項目について評価する。


 例えばDESIGNの「深さ」についてみると

  1. 皮膚損傷・発赤なし
  2. 持続する発赤
  3. 真皮までの損傷
  4. 皮下組織までの損傷
  5. 皮下組織を越える損傷
  6. 関節腔,体腔にいたる損傷または,深さ判定が不能の場合

 「滲出液」

  1. なし
  2. 少量(毎日のドレッシング交換を要しない)
  3. 中等量(1日1回のドレッシング交換を要する)
  4. 多量(1日2回以上のドレッシング交換を要する)
という具合だ。そして,すべての項目について数値化してそれを合計して褥瘡の状態の評価を行なう。

 前述のようにPUHPとかPSSTなどの評価法があるが,評価項目がちょっと違っていたり,点数の数字が異なっている程度で,基本な考えは同じといっていいだろう。


 だが,これらの数字,私にはどうにも腑に落ちないのである。

 例えば「深さ」で「皮膚損傷なし」を0にするのはいいとしよう。「持続する発赤」を1にするのもまぁ,許せる。だが,「真皮までの損傷」はなぜ2なのだろうか。1.5でも3でもなく2なのはなぜだろうか。「皮下組織を越える損傷」が4というのは「持続する発赤」の4倍悪い状態なのだろうか。何が4倍違うのだろうか。
 そして,なぜ評価の点数は連続の整数なのだろうか。褥瘡の状態は連続する整数で表せるものなのだろうか。


 このように考えるとわかると思うが,要するに,上記の数字は「数値」としての意味は無く,単に状態を区別するために損傷の無いものから重症のものに,順番に数字を割り当てただけで,数学ではこれを序数と読んでいる。
 だから「滲出液」を

 あるいは「深さ」を

と表記してもいいはずだ。


 このように「いろは」にしてみると,「数値を足し算して状態をアセスメントする・・・」ということが,いかに変なことかがわかってくる。要するに「深さ」の4点と「滲出液」の2点を合計して6点というのは,「に」と「C」を合計した答えが「6」と言っているのと同じである。「3本と2ヶ月を足すと5」と計算するのと大差ないのである。


 なぜ,こんな足し算が成立してしまうかというと,単なる順番を示しているに過ぎない数字(つまり「あいう」や「ABC」,「αΒγ」と本質的に同じ)が,数字であるがゆえにその実態(順番を表すだけの数字であり数量的な意味はない)から離れ,「数字」として一人歩きしてしまったためだと思う。数字であれば「鉛筆5本と2本を足すと7本」という足し算は成立するが,順番を表す数字が足し算できないのは「運動会の1等賞と3等賞を足すと4等賞」が成立しないのと同じである。

 たとえば,「数学が80点でクラスで10番,国語は95点でクラスで1番,英語は85点でクラスで5番。3教科の合計ではクラスの4番目」だったとする。この時,「80点+95点+85点」を計算して合計点数を出す意味はある。
 しかし,「10番と1番と5番を足して」得られた数字の16に意味はあるだろうか? 順番の平均を出すなら16を3で割ればいいが,そこで得られた5.3と言う数字にはもちろん,何の意味もない。だって,「クラスで4番」という数字とは無関係だからである。


 数学でいうと,足し算ができる数字を「基数」と呼び,「序数」と「基数」を区別して扱うのは初歩中の初歩である。序数と基数を混同してはいけないし,小学生だって混同しないはずだ。

 DESIGNなどの数字は「序数」であって「基数」ではなく,つまり「足してはいけない数字」である。日本褥瘡学会はこの初歩的間違いについて誰も気が付かなかったのだろうか。こんな間違いに誰も気が付かない学会って恥ずかしくないか? これでは「日本褥瘡学会は小学生以下」と罵られても反論できないはずだ。
 私はこの学会に所属していないが,所属していなくてよかったと思っている。こんな馬鹿な間違いをする学会の一員なんて,とても恥ずかしくて人に言えないからだ。


 さらに数学的に言うと,前述のアセスメントの数字をなぜ「足し算」するのか,という疑問だって生じてこないだろうか? 掛け算でない理由はどこにある? なら,足し算するのはなぜ?


 もちろん,「この合計した数字は,一人の患者の褥瘡の状態の変化を見るために使うのだから,それに役に立っているからいいだろう」という反論もきそうだ。確かに先週まで合計20点の患者が,1週間後に18点になっていればそれは改善といえそうだ。

 しかし,これもなんだかおかしい。「皮下組織までの損傷で3点」+「少量の浸出液で1点」で合計4点になるのと,「真皮までの損傷で2点」+「中等量の浸出液で2点」で合計4点は,同じではないからだ。
 前者はユーパスタとガーゼで治療している時に見られる状態で,要するに創面が乾燥してきて壊死する寸前だろう。逆に後者は真皮が生き残っていて,元気に再生が始まっているから浸出液が多い状態だ。これを「同じ4点」として扱うのは不合理ではないのだろうか。

 要するに,上記の足し算で得られた数字は,同じ値になったとしても意味が異なっているのだ。同じ4であっても「1+3」と「2+2」と「3+1」では患者の状態は異なっているのである。
 実際に計算してみるとわかるが,褥瘡の状態が悪化しているのに「アセスメントの合計数字は少なくなる」ことはいくらでもあるのである。


 「医学は科学ではない」とも言われるし「医療は科学ではなくアートである」と言われることもある。もちろん,それは理解している。
 しかし,だからといって評価法のような重要な部分が非科学的,非数学的であるのはやはり困るのではある。

 要するに,褥瘡にしても外傷にしても,それは「人体に対する破壊現象」である。破壊現象に再現性がないことは既に説明したとおりだ。だから,外傷にしても褥瘡にしても「似ている褥瘡」はあっても「全く同じ褥瘡」はないのである。

 同一のものがない以上,それを数値化して分類したところで,それは単なる経験則の域を出るものではなく,数学的に意味があるものとはどうしても思えないのである。


 どなたか,この素朴な疑問に答えていただけませんか?

(2003/09/08)