真核生物という生き方


 一方,真核生物とはどういう戦略で生きているのだろうか。真核生物とは「邪魔者がいたら飲み込んでしまえ」という戦略を選択した生物といえる。

 真核生物は,古細菌のメタン生成菌へのα−プロテオバクテリアの細胞内共生から生まれたと考えられている。このα−プロテオバクテリアがミトコンドリアとなり,現在の真核生物が誕生したのだ。真核生物ではエネルギー生成をミトコンドリアが担ってくれるため,細胞膜は呼吸の仕事から解放され,細胞壁も不要となり(ミトコンドリア外膜がプロトン散逸を防ぐ機能を果たしている),真核生物は細胞壁という堅い鎧を脱ぎ捨てることができた。

 その結果,真核生物は「自由に形の変えられる最外層の細胞膜」を獲得し,これは移動や摂食など,さまざまな機能を持つようになった。その一つが貪食機能だ。その結果として,「邪魔者は飲み込んでしまう」という戦略が可能になった。一旦,貪食という戦術が有効になれば,相手より大きい方が有利となる。同時に,ATP産生をミトコンドリアが引き受けたため,細胞のサイズが大きくなればそれに応じてミトコンドリアの数を増やせばよくなり,細菌で問題になった「大きくなるほど呼吸効率が悪くなる」という問題もクリアできた。


 かくして,真核生物ではサイズが大きいほど有利になり,分裂の速度も問題にならなくなった。その結果,遺伝子が小さいことは生存に有利にならず,真核生物はとりあえず必要ない遺伝子でも捨てずにため込むことになった。このため,真核生物のゲノムサイズは細菌とは比べものにならないほど巨大になった。

 先ほどのコンピュータの比喩でいえば,真核生物は巨大なハードディスクに膨大なデータを収録したパソコンといえる。しかしそのコンピュータは細菌とは違い,ネット接続はできず,スタンドアローンでしか使えない。


 原核生物,真核生物と表現すると,あたかも両者の最大の差は細胞核の有無であるように見える。実際,真正細菌や古細菌は明確な形の核はなくDNAは細胞膜に結合するか細胞質の中を漂っているだけだが,真核生物には必ず角膜という膜に包まれた核がある。だが,その後の原核生物と真核生物のたどった道のりを見てみると,両者の違いを生んだのは核膜の有無ではなく,ミトコンドリアの有無であったことがわかる。要するに,真核生物とはミトコンドリアを持つ細胞からなる生物,というのが本質なのだ。

 ちなみに,真正細菌と古細菌の細胞膜の脂質は成分が異なっている。前述のように,真核細胞は「古細菌であるメタン生成菌の内部に真正細菌であるα−プロテオバクテリアが飲み込まれてミトコンドリアになった」ものと考えられているが,すべての真核細胞の細胞膜も細胞内の小胞,核膜は全て真正細菌由来のものである。これは,メタン生成菌の体内に取り込まれたα−プロテオバクテリア(=真正細菌)が独自の脂質を作り続け,それが細胞質内を漂い,あるものは小胞になり,別のものは核を取り巻いて核膜になったと考えられている。一方の古細菌の脂質の炭素骨格であるイソプレンは,細胞質の膜ではなく,ステロイドやビタミン,ホルモンに転用された。
 古細菌の脂質でなく真正細菌の脂質が選ばれたのは,単に,環境への適応性や流動性の違いによるものと考えられている。


 このように,原核生物と真核生物は全く異なる基本戦略を選んだ生物なのだ。そして地球では,まず最初に原核生物が誕生して地球のあらゆるところで繁栄し,その後に真核生物が登場した。このため,新参者である真核生物はいたるところで細菌と遭遇することになった(なぜかについては次回説明する)。真核生物登場までの20億年間,あらゆるところを細菌が生活の場として開拓していたからだ。このため,真核生物にとって,細菌とどう折り合いをつけるかが大問題となった(ちなみに,古細菌は高温,強酸,高塩分,硫化イオウ存在下などの環境を生活の場としていたため,真核生物と直接ぶつかることは少なかった)

 真核生物の中には,細菌を殺す戦略を選択したものもいた。真菌である。彼らは細菌特有の構造物である「プロテオグリカンを主成分とする細胞壁」を攻撃対象として選び,細胞壁の合成を阻害する物質を作り出した。20世紀初頭,フレミングがその物質を精製してペニシリンと命名し,それが抗生物質の発端となった。

 だが,それ以外の多くの真核生物は,細菌との対立ではなく,共存路線を選んだ。後述するように,対立路線より共存路線の方が,エネルギー消費が少なく,戦略的に有利だったからだ。そして,この「細菌との共存」は真核生物の体外だけでなく体内でも必要になった。細菌は体内にも潜り込んできたからだ。

 要するに,「細菌との共生」は既に細菌の王国であった地球に後発部隊として登場した真核生物に必要不可欠な戦略だったといえる。

(2009/01/19)

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