細菌という生き方


 皮膚の疾患,皮膚に関する様々なトラブルを理解するには,皮膚とは何かを知る必要があるはずだ。そして,皮膚は進化の過程でできあがった臓器である以上,多細胞生物にとって皮膚(=体表)とはそもそも何だったのか,という考察が必要になるはずだ。

 これを考えるために,多少(?)遠回りでも,原核生物(古細菌と真正細菌)と真核生物(多細胞生物はこれに含まれる)の違いから説明する。


 地球上の生物を細胞の構造で分類すると大きく3つに分けられる。古細菌(イオウ分解バクテリア,メタン生成菌など),真正細菌(大腸菌やブドウ球菌など),真核生物(菌類,植物,動物)の3つである。それらの違いは大雑把に説明すると,次のようになる。


細胞膜 細胞壁 核のヒストン蛋白
古細菌 イソプレノイドエーテル シュードムレインなど あり
真正細菌(細菌) 脂肪酸エステル ペプチドグリカンなど なし
真核生物 脂肪酸エステル 植物,真菌のみあり/動物にはなし あり

 要するに生物としてみると,タンポポと人間の違いより,イオウ分解細菌と大腸菌の違いの方が大きいのだ。


 原核生物と真核生物では,基本的生き残り戦略が全く異なっている。

 原核生物の生き残り戦略・繁栄戦略の基本は「より速く分裂する」ということに要約できる。その目的達成のために原核生物たちはあらゆるものを切り捨てる。遺伝子を切り捨て,シンプルな構造を選択した。その結果,原核生物は地球上のあらゆる環境を生活の場にできた。おそよ真核生物が生きられない過酷な環境でも易々と生活圏とできるのが古細菌であり細菌なのである。

 なぜ原核生物がそのような戦略を採択したかというと,そういう戦略でしか生き残れない体の構造をしているからだ。

 原核生物の体の構造は極めてシンプルだ。一番外側に細胞壁があり,その内側に細胞膜があり,その中に核を含む細胞質がある。問題は,細胞膜と細胞壁が担っている役割にある。原核生物にとって細胞膜と細胞壁は呼吸,すなわち生存のためのエネルギー(ATP)を生み出すための装置でもあるからだ。


 呼吸とは酸化還元反応(電子を失うと酸化された状態,電子を受け取ると還元された状態)によって発生したエネルギーで,膜を通してプロトンを膜の外側に汲み出し,その結果できた膜の内側と外側のプロトン濃度の差ができ,これでATPアーゼを動かしてATPを作ることを言う。これは真正細菌,古細菌,真核生物の全てで共通している現象で,地球上の生命体に普遍のエネルギー調達方法といえる。

 後述するように真核生物ではこのエネルギー生成をミトコンドリアで行っているが,真正細菌や古細菌は呼吸に必要な酵素群は細胞膜に付着していて,細胞膜で生成されたATPは拡散で細胞内を移動するのだ。だから,細菌にとって大きくなることは得策ではない。大きくなればなるほど,細胞内の必要な部分にATPを運べなくなってしまうからだ。さらに,小さいほど体積に対する表面積の割合が大きくなるため,小さいほどエネルギー効率がよく,大きくなるほど効率は悪くなる。これらの理由で小さな細菌ほど生存に有利になる。

 さらに,呼吸にはプロトンの濃度差が必要となるが,細菌の場合は,細胞膜の外と内側の濃度差であり,細胞膜の外にある細胞壁はプロトンの散逸を防ぐ役割をしている。つまり,細胞壁がなければプロトンは環境に逃げてしまい,細胞膜を挟んだプロトンの濃度差が保てなくなるのだ。要するに細菌や古細菌が生きていくためには細胞壁は絶対に必要な基本的な構造物なのだ。


 細菌は細胞壁と言う堅い鎧を身にまとうことになった。これは呼吸にとっては必要なものだが,反面,細菌の生き残り戦略の選択の幅を狭めるものだった。他の細菌,すなわち「邪魔者」がいたらそれを飲み込んでしまえばいいという戦略が取れなくなったのだ。堅い細胞壁が外側を覆っているためである。そのため,同じ環境で生活する他の細菌がいたら,それより早く分裂して数を増やし,専有面積を広げるしかない。要するに陣取り合戦である。

 陣取り合戦に勝つためには他の細菌より速く分裂するしかなく,速い分裂のためには体の構造をよりシンプルにする必要があるし,遺伝子もできるだけ小さな方がいい。実際,細菌はとりあえず必要でない遺伝子はどんどん捨てて遺伝子をコンパクトにする傾向があるのだ。遺伝子を小さくしてでも分裂速度を上げたい,というのが細菌という生物の論理なのだ(実際,細菌は遺伝子の複写速度を超えるスピードで分裂することもあるようだ)


 だが,サイズが小さな遺伝子は両刃の刃だ。環境が安定しているときはいいが,環境が変化した時,その変化に対処するための遺伝子を持っていないため,生き延びられないからだ。この問題をクリアするために,細菌は「遺伝子の水平移動」で対処する。他の細菌(これは他の種類の細菌であってもよい)からプラスミドを介して新しい遺伝子を導入する,と言う方法だ。この方法で,他の種類の細菌からでも必要な遺伝子を獲得し,環境の変化に対処するわけだ。

 これはコンピュータに例えると分かりやすい。細菌とは,最小限のハードディスクに最小限のデータしか納めていないコンピュータなのである。しかし,世界中のコンピュータとネットで繋がっていて,他のデータが必要になったときにはネットからダウンロードできるようになっているのだ。要するに,細菌たちは30億年前以上昔から,究極の分散型ネットワーク・システムを構築してきたわけである。

 さらに最近では,環境水中に溶存態のDNAが存在していることが明らかになっていて,この溶存態DNAは遺伝子としても機能していることも証明されている。この溶存態DNAが水中の異なる細菌種間での遺伝子水平伝播や細菌の進化に深くかかわっている可能性が指摘されている(『微生物生態学入門』日本微生物生態学会編,日科技連)


 このため,細菌の種という概念は非常に曖昧になる。他の種類の細菌からでも簡単に遺伝子のやり取りをするからだ(これは要するに,人間がネズミやヒトデや桜やシイタケと遺伝子のやり取りをするようなものだ)。「種の概念・種の分離」という生命の最も基本的な部分(と,人間が思い込んでいる)でも共通基本概念すら通じないのが原核生物らしい。

(2009/01/16)

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