『生命40億年全史』(リチャード・フォーティ,草思社)
 ハードカバーの500ページ近い大著である。ものすごい本である。稀有の本である。
 まさか,こういう方法で「生命全史」が書けるとは想像もしていなかった。まず,フォーティの発想にうなってしまった。脱帽である。

 ここでは地球の誕生から,生命の誕生,進化,絶滅の滔滔たる生命の流れを取り上げている。まさに物質から生命が生まれた瞬間から人間の登場までの,壮大な40億年のドラマが描かれている。
 もちろんこれまでも,生命の進化の歴史を書いた本は腐るほど書かれてきたし,書店の店先でも図書館でも,そういう本は簡単に見つかると思う。あるいは,恐竜の進化と絶滅の歴史,アンモナイトの進化の歴史,三葉虫の分類についての本も,もちろん珍しくない。

 それでは,この本の他に類例を見ない独自性とは何かといえば,生命の誕生と進化の場にリアルタイムで立ち会っているかのように書いていることだ。著者は,先カンブリア期の海がどんな様子だったか,エディアカラ動物群が生きていた世界の風景はどうだったか,最初に空中を飛んだ昆虫が目にした風景はどうだったかを,あたかも今見ているように描き出している。空気の匂いはどうだったか,踏みしめる大地はどんな硬さだったか,海の浅瀬はどんな色だったか,水中の生物が見上げる空の色はどうだったかを徹底的に描写している。
 そして,著者は自身の研究生活を回想しつつ,古生物学の研究現場の様子も生き生きと描き出している。三葉虫がどんな地層から見つかるのか,その地層はどこにあるのか,その地層に出会うためにどこに行けばいいのか,その地に行くときにどんな苦労があるのかが,余すことなく描写されている。そして読者はいつの間にか,新しい化石発見の現場に立ち会う感動を追体験することになり,同時に,学会の場での論争がどういうものなのかも知ることができる。
 つまりこの本は,生命の歴史であるとともに,著者の研究の歴史でもあるのだ。その意味で,この「40億年全史」はこの著者にしか書けないものであろう。

 と,ここまで書いて,この方法論はあの名著,『外科の夜明け』と同じであることに気が付いた。『外科の夜明け』では19世紀に生まれた人間が受けた治療,出席した学会,読んだ新聞の記事などが,リアルタイムで報じられていた。
 この『生命40億年全史』はまさにこれを,40億年に拡大しているのである。このような方法論で学術書(と,私は思っている)が書けるとは,思いもよらなかった。

(2003/05/15)

 

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