脊損の坐骨部褥瘡の治療をしています。創からMRSAが検出され、主治医は「手術を予定しているのでその前にMRSAを消さなければいけない」と言って,抗生剤の投与をしています。これはどうでしょうか?
このようなメールをいただいた。このような症例は極めて多いと思われるので,褥創治療の普遍的症例ということで,勝手ながら取り上げさせていただく。
まず,私の治療症例を提示する。60代の男性。神経の変性性疾患(詳細は忘れた)で両下肢麻痺と知覚脱失があり,車椅子生活を送っていて左坐骨結節部に褥創が発症した。
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まず,MRSAについてであるが,これは皮膚の常在菌であろう。つまり,患者さんの皮膚自体が「MRSAの供給源」になっているわけで,となると,抗生剤を投与しても完全に消えることはないだろうし,抗生剤を投与すればさらにややこしい耐性菌が出るか,カビがはびこるかのいずれかになってしまうはずだ。
次に「手術をする前にMRSAを消しておきたい」というのも無意味だと思う。上記の例でもわかるとおり,MRSAがいたって手術はできるし,MRSAがいたって創感染を起こさずに手術できる。要は,きちんとデブリードマンをすればいいだけのことである。
きちんとしたデブリードマンをしない手術をしておいて,術後に感染したからといって「感染したのは,術前にMRSAを排除できなかったためだ」というのは本末転倒であり,責任転嫁である。感染させたくなければ,しっかりとデブリードマンし,血流のよい皮弁で覆ってやるだけである。
なお,褥瘡の手術の基本は,完全なデブリードマンと,いかに血流の良い組織(皮弁)でデブリードマン後の組織欠損部を覆うかである。血流さえ良ければ,多少細菌が残っていたところで「血流を通じて供給される白血球」が貪食してくれるし,第一,肝心の血流が悪ければいくら抗生剤を投与したところで細菌がいる部位まで届いてくれないのである。
このように考えると,「褥瘡創面からMRSAが検出されたから,バンコマイシンとハベカシンを投与!」というのも根拠が怪しくなってくる。褥瘡は基本的に局所の血流不全をベースに発症し,細菌が巣くっているのは「血流のない」壊死組織だからである。これで投与した抗生剤が褥瘡創面にいる細菌に作用するというのは,理論的に起こりえないような気がするがどうだろうか。
「褥瘡創面の細菌培養はしない」と書いたが,その意味は,「細菌の有無,細菌の種類によって,褥瘡の治療法が変わるわけでないから」である。
褥瘡に限らず,全ての開放創がそうだと思うが,創面に緑膿菌がいようがMRSAがいようが,創の治癒には影響ないのである。これらの細菌は「創があるから」いるのであって,創が治れば居場所がなくなっていつのまにか消えてしまう。MRSAが創面にいるから治癒が遅れる,ということはありえないのである。MRSAを消したかったら抗生剤を投与するのでなく,褥瘡を治せばいいだけのことである。
細菌培養が必要なのは,肺炎のように「細菌の種類によって治療法が変わる」疾患だけであり,治療法に影響がないのであれば細菌培養する意味がないと思う。要するに,褥瘡創面から検出された菌がMRSAであろうと緑膿菌であろうと,炎症症状がなければそれに対して治療する必要はなく,医療者が注意するのは,その細菌を他の患者に移さないようにする事だけである(これは褥瘡処置の際は必ずディスポの手袋をつけることで防げるはずだ)。
(2003/05/01)