膠原病の一種に強皮症という疾患がある。皮膚潰瘍,肺線維症などの症状を呈する難病である。私が経験した一症例の治療経過が非常に興味深かったので,何かの参考になればと思い,その経過をまとめてみることにする。
症例は40代の女性。20代半ばに指の冷感(レイノー症状)から発症し,強皮症の診断を受け,某大学病院で肺線維症,指の潰瘍などの治療を受けている。指尖部の潰瘍が治癒せず,整形外科から全ての指の切断(それも基節部での切断)しか治療方法がないと告げられたため,知り合いの医師に相談し,私のところを紹介され,平成11年6月に受診した。
大学病院では,肺線維症に対してはステロイドの内服で治療,また指の潰瘍に対しては消毒とゲンタシン軟膏塗布という治療を数年間続けていたという。肺線維症もかなり進行し,受診時,連続して50メートルほどしか歩行できず(呼吸困難のため),日常生活も困難な様子だった。
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指の潰瘍の治療のため,直ちにProstagrandin E1(プロスタンディン)の点滴を開始(プロスタンディン60μg+ソリタT3 200ml+メイロン1Aを2時間かけて点滴。メイロンは血管痛を押さえるために使用)。外来での通院治療を希望したため,毎日外来に来てもらってはこの点滴を行い(つまり1日1回),同時に,露出している骨を局所麻酔下に削り,アルギン酸塩で被覆した。
点滴開始した翌日から,手指の冷感は消失し,指の色もピンク色になった。また,骨を削った部位も直ちに肉芽で覆われ,どの指も2週間で上皮化した。
PGE1の点滴は6月に連続2週間,7月にも2週間行ったが,2度目の点滴の最中に,驚くべき変化が現れた。何と,呼吸症状が軽快したのだ! 今まで50メートルしか歩けなかったのに,数百メートルを休みなく歩けるようになり,階段も昇れるようになったのだ。大学病院の内科で診察してもらったところ,聴診上,肺雑音はほとんど聞かれなくなったということだった。PGE1の点滴を受けるたびに,「体が軽くなるのがわかる」という感想を述べている。
そしてさらに変化は起こった。それまで顎関節が硬く,切歯間で1横指程度しか開口できなかったのに,楽に口が開くようになり,それまでできなかった歯科治療が可能になった。そして同時に,手のMP関節のこわばりも取れ,手が上手に使えるようになった。
この間,行った治療はPGE1の点滴のみであり,他の薬剤は全く使用していない。
そして9月にまた連続2週間のPGE1点滴。何とこのあと,夢だった富士山にも中腹まで行くことができたし,冬に実家(かなり遠い)であったお葬式にも出席し,他の人たちと同じように手伝いができたといって,喜んで報告してくれた。もちろん,手指の潰瘍の再発はなく,四肢の冷感は完全に消失。この頃から,PGE1の内服薬に切り替えた。
指尖部の潰瘍が完治した後,次なる治療のターゲットを「ボタン孔変形」に狙いを定めることにした。
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その他の指についてもすべて関節固定術を行っているが,固定用のワイヤーは全て5〜6週間で抜去でき,骨癒合は良好であり,切開創も問題なく治癒しており,治癒過程は他の患者と全く同じだった。また,重大な創感染も起きていない。
私が行ったのは全て,指の潰瘍の治療のためであり,使用した薬剤はPGE1のみである。それがなぜ,肺線維症の症状も,関節のこわばりも改善したのか,よくわからないのである。この現象が全ての患者にも起こるものなのか,あるいはこの患者だけに特異的に現れたものなのか,それすらわからない。もちろん,肺線維症が改善するとは夢にも思っていなかったため,それを裏付けるデータも取っていない。
何しろ,強皮症を治療した経験は,後にも先にもこの1例のみである。この治療が他の症例でも有効なのか,どなたか追試していただけないだろうか?
なお,プロスタグランディンと肺線維症についての論文を教えていただいたので,それを最後に掲示する。
(2003/02/20)