このテーマは単なる個人的趣味で書いている。手の外科,手の外傷に携わっている人以外には全く興味がないだろうな,という瑣末的,末梢的話題である。だが,「教科書的常識」に異議を唱えているわけだし・・・ま,いいか。
その前に,爪の解剖のお勉強。これがわからないと,以下,何を書いているのかチンプンカンプンになってしまいますから・・・。
まず,一般的に「爪」と言っているのが,「爪甲」であり図の薄緑の部分。
爪甲の下にあるのが「爪床」。ここは爪(爪甲)に栄養(血流)を与えているピンクの部分。爪がピンク色をしているのは,爪床から血液が入り込んでいるからです。
「爪床」の根元に近い部分が「爪母」。ここから爪(爪甲)が作られます。爪が剥がれてしまっても,また後で生えてくるのは,この「爪母」が生き残っていて,爪を作ってくれるからです。「爪母」はかなり深くまであるため,かなりひどい指先の挫滅であっても,時間がたつと爪が生えてきます。逆に,この「爪母」が感染などでひどく損傷されると,爪が生えてこなくなったり,変形した爪が生えてくるわけです。
もちろん,外傷で「爪床」に変形が起こると,爪甲も変形してしまいます。
指尖部損傷の際,爪が剥がれ落ちる事がよくある。そういう場合,教科書的には,爪床の保護のために爪甲はなるべく元に戻し縫合固定するのが普通だと思うが,湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法)を行ってみると,爪は無理に戻す必要はないのではないかという気がしてくる。一度剥がれた爪を元に戻すと,爪甲と爪床の間,特に爪母のあたりに血液や浸出液がたまりやすく,この血腫に二次的に感染を起こす例が時々あるからだ。
従来からの考えで言えば「爪甲は最も生理的な爪床のドレッシング材料」という理由から,なるべく爪甲を元の位置に戻すという考えが生まれたと思うが,血腫ができて感染するくらいだったら,脱落した爪甲は放っておいて,爪床をアルギン酸などで被覆した方がトラブルが少なくなると思うし,実際,この「落ちた爪はあきらめ,爪床をアルギン酸で覆う」方式にしてからは血腫で困った事はないし,また血腫への感染に悩まされる事もなくなったことも事実である(・・・爪甲を戻さなければ,血腫が溜まりようがないもんね)。
また,苦労して(?)爪甲を元に戻したとしても,それが爪床に生着する率はそれほど高いものではないし,また,一旦生着してもいずれ生えてきた爪甲に押し上げられる形で根元から剥がれてくるのがオチである。要するに,「落ちた皮膚を元に戻す」のと「落ちた爪甲を元に戻す」のでは,ちょっと話が違っているという気がしてならないのだ。
さらに,爪を戻した症例と,戻さずにアルギン酸で被覆した症例を比較すると(・・・と言っても,数例だけどさ),術後の疼痛と言う点では,爪を戻した症例の方が痛がっている印象がある。
もちろん,一部の末節骨骨折で爪甲が骨折部の固定に理用できる場合があるが(この場合は,爪甲が剥がれ落ちる事はないけどね),そうでなければ,「一旦剥がれてしまった爪を元に戻して縫合固定」にはあまり意味がないと思う。
(2003/01/08)