細菌をアリにたとえると −その4−


 更にこの「細菌=アリ」理論を手術に敷衍する(・・・いまさらながら強引な展開!)。手術における術野の消毒,無菌操作,閉創時の操作の意味がよくわかる(・・・はずだ・・・多分。例によって,眉に唾を塗りたくってからお読みいただきたい。


まず,手術の対象である深部臓器とは何かというと,「庭の土の中に埋まっている食糧貯蔵庫」である。

もちろん,食糧貯蔵庫はアリの巣とも,地面とも直接繋がる部分はなく,アリ一匹入り込む余地はない。もちろん,アリもいない(だから無菌)

手術とはどういう操作かというと,「庭の中に埋まっている食糧貯蔵庫を開け,食料を取り出す操作」である。

で,問題はどこにあるかというと,貯蔵庫(=深部臓器)にアリが入り込むと非常にまずいこと(食料が変質するとか,アリが食べちゃうとか・・・)
しかし,貯蔵庫に到達するには,庭の土を掘らなければいけないが,庭にはアリがたくさん。さぁ,どうする?

「アリが貯蔵庫に入らないようにして,貯蔵庫に通じる穴を掘る」ためには,アリがいないところを掘ればいい。
つまり,アリがいない状態を作って,そこを掘ればいいはずだ。

これが「殺虫剤で地面のアリを全滅」作戦,すなわち「手術前の術野の消毒」に相当する。執刀前の術野の消毒とはこういう意味を持っている。

殺虫剤によりアリがいなくなった地面(消毒で無菌になった皮膚)を掘って貯蔵庫に到達し,食料を取り出し,掘った穴を埋めることができれば,アリは貯蔵庫に侵入できないことになり,深部臓器の感染も起きない。

また穴掘りに使うスコップも,アリがつかないように事前に滅アリ(滅菌)処理しておくべきである。これが「滅菌している手術器具・材料」を使う意味。

ところが,これはあくまでも「殺虫剤の効果が効いている間に全ての操作を終了」できた場合の話で,殺虫剤の効果がなくなれば,またアリはアリの巣から這い出してきて・・・。

もたもたしていると,アリは貯蔵庫の中に入り込んでしまう。
つまりこの例でわかるとおり,執刀前の術野の消毒は必要だが,「消毒により術野は無菌になっている(はずだ)」と考えるのは間違っていることを意味する。一時間以上の手術の場合,術野に露出している患者の皮膚は,決して無菌ではないのである。

 さて,もしも最後の例のように「貯蔵庫にアリが侵入」してしまったら,どうしたらいいだろうか? ここで「貯蔵庫内に殺虫剤(=消毒薬)をまく」というのは非常にまずい。貯蔵庫そのものを壊してしまうし(これが「消毒薬の組織障害性」),食料だって殺虫剤まみれでは食べられなくなる。
 この場合に有効なのは,「大量の生理食塩水で貯蔵庫を洗ってしまえ」という方法。いくらアリがたくさんいても,大量の水で繰り返し洗えば,アリはゼロにできるはずだ。これなら貯蔵庫が壊れる心配はないし,食料もちょっと味が落ちる程度(・・・ということにしてください)

 あるいは,術前,術中から抗生物質を投与し,アリそのものの絶対数を少なくして,掘った穴から侵入するアリを少なくする,という方法も有効だ。ちなみに「術後の抗生剤予防的投与」とは「アリが貯蔵庫に入り込んでいないのに,アリを殺す薬を投与」する行為と等しく,本質的に意味がないことがわかる(従って,術後の感染予防のためには,抗生剤は術前,術中投与すべきで,術後投与は推奨されていない)


 こんな風に考えてみると,どんな場合に消毒は意味を持つのか,そもそも消毒の意味とは何なのか,無菌操作とはどんな場面に行うものなのか,滅菌物はどういう場面で使うべきなのか・・・がわかってくると思う。

(2002/11/26)

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