ドレーン,カテーテルなどと逆行性感染


 ドレーンやカテーテルの処置に関する質問が実に多い。また「気管切開部の処置はわかったが,腎瘻の場合はどうなのか」とか,「脳室ドレーンと腹腔ドレーンを一緒くたに扱うのは間違っている。脳室ドレーンは別格に扱うべきだ」という質問・疑問も多数いただく。こういう質問があまりに多いため,ドレーン・カテーテルの類の処置を,一つの原理で説明してみようと思う。


 ドレーンにしろカテーテルにしろ,それらは全て「皮膚を貫いて深部の臓器に通じる穴があり,そこに人工物が入っている」ということで共通している。この意味で,CVHカテーテルも腹部手術後のドレーンも脳室に入っているドレーンも創外固定器のピンも全て同じである。脳室ドレーンだけ特殊,創外固定器は別,という理屈は成り立たない。こんな事を書くと,「脳室に逆行性感染が起きたら命にかかわるのだから,脳外科の手術後のドレーンは別だろう」という脳外科医が必ずいるが,そんな事を言ったら,創外固定器だって特別,腹腔ドレーンだって特別ということになり,いつまでたっても話が進まない。

 ま,誰しも自分がしていること,自分が扱っている臓器は別格だと思いたいんでしょうが,そうは問屋が卸さない。要するに,違いや特殊性にばかり目を囚われていては全体像が見えてこないのだ。それらに共通するものを見つけ出し,そこから共通の治療原理を導き出して,その後で個々の特殊事情に配慮した方がはるかに効率がい

 違いや特殊性にばかり目を囚われていては全体像が見えてこない。それらに共通するものを見つけ出し,そこから共通の治療原理を導き出して,その後で個々の特殊事情に配慮した方がはるかに効率がいいはずだ。

 というわけで,「皮膚を貫いて深部の臓器に通じる穴があり,そこに人工物が入っている」治療材料の処置法について,考察する。ここではこの人工物を「刺入人工物」と呼ぶ事にする。


1-1 感染ルートから見た刺入人工物の分類

 その「刺入人工物」を介在して,患者自身の皮膚常在菌が深部に到達するルートを考えてみる。この刺入人工物を大きく二つに分けると,「チューブ状の物」「内腔がない物」になる。前者は多くのドレーンやカテーテルであり,後者は創外固定器のピンや骨折固定用のワイヤーなどが相当する。

 前者が深部に通じているのは「人工物の表面」と「チューブの内腔」の2箇所であり,後者のピン・ワイヤーの場合は「人工物の外側」ということになる。こう考えると,全ての「刺入人工物」がらみの逆行性感染は,「チューブの内側」経由か,「人工物の表面」経由かの2つの場合を考えるだけでいい事になる(そりゃ当たり前か・・・)

 なお,閉鎖式ドレーン,吸引式ドレーンの場合は「内腔あり」タイプであるが,事実上,内腔は皮膚に開いていないため,皮膚常在菌の移動ルートを考える上では,「内腔のない物」と同じに考える事ができる。


1-2 チューブの内側経由の逆行性感染 −その1−

 まず,「チューブの内側」経由の逆行性感染の場合。このような「内腔のある刺入人工物」の目的は何かと考えると,一つは「体外から体内に何かを運ぶ」ことであり(例:CVHカテーテル),もう一つは「体内から体外に何かを運び出す」こと(例:腹腔ドレーンや脳室ドレーン)である。気管切開はどうかというと,両者を兼ね備えている事になる(外から空気を運び,内側から痰を外に出す)

 「体外から体内に何かを運ぶ」刺入人工物では感染が起きやすいのは当然である。何しろ,「運ぶもの」が細菌で汚染されていれば,細菌がフリーパスで運ばれるのだから・・・。しかし「皮膚常在菌の逆行性感染」の可能性を考えてみると,実はほとんど起こりえない事がわかる。「患者自身のの皮膚常在菌が,体内に運ばれるもの(高カロリー輸液など)の中に混入」することが前提になるからだ。つまり,患者が素手で自分の輸液を調合でもしない限り,皮膚常在菌による感染は起こりえないのだ。これが如何に非現実的な状態かは,説明するまでもないだろう。

 従って,CVHカテーテルのように「体外から体内へ」の物質の移動があっても,内腔を通じて患者自身の皮膚常在菌が深部に移動することはありえない,というのが第一の結論。つまり,この場合は刺入部の皮膚をいくら消毒しても,感染率には差が出ないことになる。CVHカテーテル感染については,こちらも参照にしていただきたい


1-3 チューブの内側経由の逆行性感染 −その2−

 次に「内腔のある刺入人工物で,体内から体外に物が移動する」場合。開腹術の腹腔ドレーン,腎瘻,血腫予防のためのドレーンなどがこれに相当する。

 まず,「体内から体外への体液が移動している場合」を考える。これはドレーンを通じて,浸出液や血液が体外(=ガーゼ)に流れ出ている状態に相当する。この場合,体内から体外へ,という流れが成立しているため,これに逆行して細菌が移動するのは物理的に見て不可能だろう。要するに,皮膚常在菌が流れに逆らうだけの強力な遊泳力を持っていると仮定しない限り,「排液が続いているドレーンの内腔」を通じての逆行性感染は起こりえないと思われる。

 逆に言うと,こういう「体内から体外へ」の流れが止まってしまうと,細菌が侵入する可能性はゼロではなくなる。というわけで,「排液が出なくなったドレーンは,さっさと抜け」というのが第二の結論。

 もちろんこれは原則論であり,実際には,皮膚入口部から深部臓器までの距離が関与する。つまり,その距離が長く皮下組織が豊富なほど「外側から内側へ」の細菌の移動は難しくなる。逆に気管切開のように,開口部が大きくて深部臓器(=気管)への距離が全くない切開創部は皮膚常在菌の侵入がしやすいことになる。
 この場合の感染予防としては,切開部周囲の皮膚の細菌数を少なくするしかなく,皮膚の消毒でなく洗浄(よく垢を落とす)したほうがはるかに感染予防としては効果的だろうし,また,切開口周囲の皮膚を細菌が繁殖しにくい物(フィルムドレッシングなどかな?)で被覆するのも効果的かと思われるし,皮膚を消毒すると消毒薬による皮膚炎が起こり,逆に細菌繁殖を助長すると考えられる。
 少なくとも,気管切開部をはさんでの皮膚と気管内の距離の近さを考えると,皮膚からの細菌侵入を完全に防ぐことは不可能ではないか,という気がする。


1-4 刺入人工物表面経由の細菌進入

 最後に残ったのが,「刺入人工物の表面を介しての逆行性感染」である。これが一番面倒(・・・だから最後に残した)。問題は,皮膚常在菌が刺入人工物の表面づたいに深部に侵入できるのかである。それなしには「カテーテル(ドレーン)を介しての逆行性感染」という図式は成立しない。

 まず基本的に,皮膚常在菌は基本的に好気性菌であり,酸素のない状態で活動性は著しく低化する。また細菌が移動するためには,ある程度湿潤であった方が都合がいいだろう。このように考えると,カテーテルやドレーンの周囲に最初から浸出液がある状態(感染や,刺入物に対するアレルギー反応ある状態など),あるいはカテーテルなどの周囲に隙間(空間)がある場合を除くと,細菌は容易に侵入できないことが予想される。すなわち,刺入人工物周囲に前もって何らかのトラブルが起きていないと,細菌は深部に移動できないということになる。人工物の周囲に沿って細菌が深部に侵入するのは,最初に人工物の周囲に上記のようなトラブルが起き,二次的に細菌が侵入する場合に限られるのである。

 上記のような条件が最初にあって感染しているのだとすると,ドレーン・カテーテル・ピン刺入部の消毒をどうするとか,何で覆うか,というのは本質的な問題ではなく,それをいくら工夫しても感染は防げない,という結論になる。よほど表面的な感染でもない限り,「刺入人工物を入れたまま感染を治癒させよう」というのは,ちょっと難しそうだ。

 また刺入部の消毒であるが,消毒薬によって刺入口の組織が傷害され,消毒を繰り返す事でそれが次第に深くなり,結果的に上記の「ドレーン周囲の隙間」を作る可能性がある事を指摘しておく。


2-1 入浴の問題

 必ず出てくるのは「それじゃ,ドレーン(カテーテル)が入ったままお風呂に入ってもいいの? シャワーをかけてもいいの?」という疑問だろう。

 まず,刺入人工物と入浴について考えてみると,二つが問題について考えなければいけない。一つは「風呂の水が本当に深部に入るのか」,そして「風呂の水が入る事で本当に細菌感染が起こるのか」という二つである。この二つが同時に真でなければ入浴で感染は起こりえない。

 まず,お風呂の水圧で,体腔側に風呂の水が移動できるか。この問題については既に「関節腔穿刺後の入浴の是非1」で詳細に論じているとおりである。よほど硬くて太いドレーンを入れていない限り,風呂の水圧程度の圧力差で体腔側に水分が移動するのは物理的に不可能だろう。ペンローズドレーンのような軟らかいものだと,水圧と組織の圧力で内腔がつぶれる方が先で,外から水が侵入する事は難しい。
 これは「刺入人工物の外側の隙間を通じて水が入る」のも同じ。通常の場合,この「外側の隙間」は非常に細く(「外側の隙間」が大きい場合はどうするんだって? オイオイ,それを放っておくのは非常識だろ?),ここに水を通すのは非常に大きな圧力が必要となる。風呂の水圧じゃとても足りない。

 こういう話をすると必ず,「風呂の水は無菌ではない」とか「風呂の水にレジオネラ菌がいたらどうするんだ」と反論する人が必ずいる。前者に対しては,風呂の水より患者の皮膚の方に遥かに多くの細菌がいることを指摘しておこう。通常,患者の皮膚よりは風呂の水のほうが清潔なのである。また,後者については,「あなたの病院ではレジオネラを初めとする病原菌がウヨウヨいる風呂に患者さんを入れているのですか」と反論しよう。

 万一,入浴で風呂の水が深部に入り,細菌が深部に到達した状態を考えてみても,進入する細菌は極少数であるし,風呂から上がれば細菌の進入も停止してしまうので,永続的な感染が起こるかどうかは非常に疑わしい。また,腎瘻のように「体内から体外へ」の流れがあれば,その流れで菌も外に出てしまうだろう。

 従って,どのような種類の「刺入人工物」であれ,よほど特殊な状況を設定しない限り,入浴で細菌が深部に到達することは稀だろうし,それで永続的な感染が起こるというのも考えにくいと思う。


 なお,この文章をこれまで読んで,「それじゃ,このカテーテルの処置はどうするの? 何で覆ったらいいの?」と疑問を持つ人も多いかもしれないが,ここで説明した原則(もちろん,私が原則と考えるものです)をもとに,個々の症例の状態に合わせて工夫して欲しい。
 処置の方法,治療の方法に「絶対正しい汎用的な方法」はないのである。あるのは「その症例について正しい方法」である。

(2002/11/11)

左側にフレームが表示されない場合は,ここをクリックしてください