前項で「先進国での絹糸使用量は日本が飛びぬけて多い」と書いたが,その具体的資料を入手した(ある方から匿名を条件にいただきました・・・ま,いろいろあるらしいからね)。とりあえず,このグラフを見て欲しい。
具体的な数字を挙げると次のようになる(とは言っても,いつ調べたデータなのか,どのくらいの期間の数字なのか,というのが不明なのがちょっと困るが・・・)。
国 | 合成吸収糸 | 絹 糸 |
---|---|---|
フランス | 97.6% | 2.4% |
ドイツ | 95.4% | 4.6% |
イギリス | 84.5% | 15.5% |
イタリア | 73.6% | 26.4% |
日本 | 15.5% | 84.5% |
これを見ると,日本だけが異様に突出しているのがよくわかる。しかもこれは,あくまでも「絹糸と合成吸収糸」の使用量の割合を見たものであり,ここには「合成非吸収糸」が含まれていないことは注意して欲しい。
恐らく,合成非吸収糸(ナイロン糸など)を含めれば,ヨーロッパにおける絹糸の使用割合はさらに小さいものになるだろうが,ナイロン糸を含めたら日本での絹糸使用の割合が30%になる,とは,ちょっと考えにくい。
いずれにしても,フランスやドイツではほとんど絹糸は使われていないのに,日本だけは8割以上のシェアを占めていることになる。この数字を見る限り,日本の手術室は先進国にはまれな「絹糸天国」であるらしい。
縫合糸の物理的性質,体内での動向は前項でまとめたとおりだが,これらを知れば,手術の際に絹糸を使わなければいけない理由は全くないし,絹糸に特別優れた性質があるわけでもないことは,容易に理解できると思う。そして絹糸にはメリットがないだけでなく,長期間体内に残留して感染源となる,というデメリットしかないのも事実である。
少なくとも,絹糸を手術で使用する医学的根拠は皆無である(・・・もちろん,値段が安いという「社会的根拠」はあるけどね・・・),と思う。
EBM,すなわち「根拠に基づいた治療」という考えが一般的になっているが,縫合糸の選択一つとっても,医学的根拠があるのかどうかとてもあやふやな非論理的な世界が,この国の医学の裏側に潜んでいるような気がする。
(2002/10/16)