脳外科手術後に創が治らず難治化するという例も結構ある。ある脳外科の先生から「術後に傷が開いてしまい,困っている」症例について,画像データ添付で相談を受けたので,その画像と私が以前に経験した症例写真をネタに,ちょっと書いてみようと思う。
まず,相談を受けた症例(下の写真1)の経過をまとめると,
脳悪性腫瘍で今までに4回手術を受けたが(いずれも頭皮は同一個所を切開),再発し,そのために痙攣発作を起こして転倒,縫合部を打撲し,その後,創が離開した。一度デブリードマンして再縫合したが,術後1ヶ月くらいから創離開が始まり,人工骨(ハイドロキシアパタイト)が露出した。ということだ。写真1を見ても人工骨が露出しているのがよくわかる。こうなると,軟膏治療をしようと被覆材で湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法)しようと,創が治癒する事は絶対にない。
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なぜこれが治らないのか,あるいは,なぜ難治化したかには,もちろん原因があり,「アキレス腱部の難治性瘻孔」ができるメカニズムと全く同じだ。すなわち
なお,このような症例を見ると「感染したために傷が開いた,傷が治らない」と考える医者がかなりいると思うが,これは間違っている。確かに創面から細菌は検出されるだろうが(術後で抗生剤を投与していたらMRSAはほぼ必ず検出される),「創縁が壊死して傷が開き,開放創になったところに,常在菌(=MRSA)が移動した」と捉えるべきであり,あくまでも細菌の繁殖は二次的である。根本原因は創縁の血流不全とその結果としての壊死と細菌の出現である。
もしもこれが腹部や四肢の縫合創だったら,湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法)や軟膏治療をしていれば自然に肉芽が上がり,上皮化する事が期待できるが,開頭術の場合はこれは期待できない。なぜかというと,開頭術の縫合創の直下は人工骨だったり,いったん摘出されて再び戻された骨(つまり「血流のない死んだ骨」)だったりするからだ。肉芽が上がるためには,血流のある骨膜が骨を覆っていることが大前提となる。
さらに,露出している人工物に皮膚常在菌が移動してきて棲みつき,やがて感染が起こる事も避けられない。もちろんこの感染は,感染源(つまり人工骨など)を除去しない限りおさまらない。
となると治療は原則的に,局所の感染症状があれば人工骨の除去であり,瘢痕化している血流の悪い組織を切除するしかない。そして,その上で頭皮の閉鎖を考えなければいけない。
この場合,この頭皮の閉鎖は次の二つしかない。
[1] であるが,人工骨を除去した分,皮膚に余裕ができるため,運がよければ可能かもしれないが,上記の症例1のように創縁がかなり広く瘢痕化している場合は,恐らく無理だろう(症例2のように小範囲でも,実際はかなり難しい)。
というわけで,確実なのは [2] の方法。「血流の悪い」組織内で縫合するのでなく,他から「血流のよい」組織を移動して創面を閉鎖できるからだ。
というわけで,こういう症例は形成外科に紹介するか,あるいは手術の際に形成外科と協同手術を考慮すべきだろうと考える。
(2002/10/11)