アキレス腱断裂の腱縫合術後,傷が開いてしまったり,傷がなかなか治らないで困っている患者さん(そして主治医)が少なくないはずだ。ここではアキレス腱断裂の縫合術後の創治癒遷延について考えてみる。
実例でいうと,こんな感じだ。
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いずれも傷は小さいがその奥が広範なポケット状になっているか,アキレス腱に通じる瘻孔になっていて,通常の治療(消毒と抗生剤入り軟膏)での治癒は,ほとんど望めない。まさに難治性の見本のような傷である。
なぜこの部位の手術創が難治化するのだろうか。理由として次の3つが考えられる。
わかりやすいのは [3] だろう。要するに,「傷を消毒してガーゼをあてる」治療を毎日しているうちに創面の細胞が壊死し,結果的にそこが瘢痕化し瘻孔になったというものだ。何のことはない,医原性の難治性瘻孔を医者自らが作っているのだ。
逆の言い方をすると,抜糸後に傷が開いてしまったら,毎日消毒していれば確実に難治性瘻孔を作ることができる,ということになる。「傷を治したくなかったら,毎日消毒しよう」という良い(?)見本である。
[1] と [2] は密接に関連している。
例えば,直径5センチの皮膚腫瘍があったとする。これが腹部にあったら切除して縫い閉じる(縫縮する)のは楽勝だ。腹部の皮膚は余裕があって血流もいいからだ。
しかしこれが前腕だったらちょっと大変。5センチを縫い閉じるのはほぼ不可能で,通常は植皮か皮弁移植が必要だ。
そして下腿前面だったら,5センチどころか2センチだって縫い閉じるのは辛いことが多い。
これがつまり,部位による皮膚の余裕の違いだ。余裕がない部分の皮膚腫瘍を切除し,無理やり縫い閉じれば(それこそ「太い糸で力いっぱい寄せる」)どうなるかと言うと,皮膚が裂けるか,糸が切れるかのどちらかになる。どちらにしても「傷が開く」のは避けられない。
今問題にしているアキレス腱部は,まさにこの「皮膚の余裕が少ない」部位である。この部位の1センチの皮膚腫瘍を手術することになったら,単純縫縮は絶対に考えないだろうな。恐らく,局所皮弁を駆使するか植皮になるだろう。無理やり縫縮しても,そのあと傷が開くのは目に見えているから・・・
こういう部位に,傷が開いたからといって「デブリードマン→再縫合」をするとどうなるだろうか。これはまさに上述の「1センチの皮膚腫瘍を切除し,傷を無理やり縫い閉じる」のと同じではないだろうか。
だからこそ,この部位の再手術をしてもまた傷が開いてしまうのだ。そして,再縫合を繰り返せば繰り返すほど組織は切除され,組織はより大きく不足し,縫合する創縁の血流は手術のたびに悪くなり,結果として傷はさらに大きく開いてしまう。
前述の 2. 「デブリードマン→再縫合」を繰り返したことが間違い とはこのことを意味している。
となると,こういうアキレス腱部の難治性皮膚潰瘍・瘻孔の治療はどうしたらいいだろうか。上述の理由で単純なデブリードマン後の再縫合はほとんどの場合,失敗に終わるだろう。少なくとも,一回くらいは再縫合にチャレンジしてみてもいいが,二度目の再縫合は止めるべきだ。基本的戦略が間違っているからだ。
「消毒のために瘢痕化→難治性瘻孔」の場合も,組織が切除されたための血流不全が原因の場合も,基本な病態は「血流が不十分なために傷が治れない」ことにある。となると,治療はただ一つ。局所の血流を改善する方向の手術をすればいい。
と言うわけで,こういう場合は動脈皮弁,あるいは筋皮弁を考慮すべきであろう。すなわち,瘻孔を瘢痕組織も含めて十分に切除し,血流の良い組織でその部分を被覆する方法だ。この部位の場合だと,"Reversed sural arterial flap" が最も使いやすい。この皮弁は血流が良く,手術手技的にも簡単で,しかも筋肉を犠牲にすることがなく,術後に歩行などで問題が起こる危険性がほとんどないからだ。
詳しい手技に関しては成書を参考にしていただくしかないが,このような症例の手術では,私はほとんどこの皮弁を第一選択にしている。
(2002/10/02)