手術用縫合糸の種類とその選択 −2−


 「糸が残って欲しくない場合は吸収糸」「糸が残って欲しい場合は非吸収糸」と書いたが,これはあくまでも大原則。実際には扱いやすさ(結びやすさ,ほどけにくさなど),値段の安さ(これは重要だぞ)という客観的に判断できる要素のほかに,「使い慣れている・いつも使っている」という主観的(非科学的?)判断が加わる事になる。
 この「使い慣れている」には「扱いに慣れている」という面もあるが,実は「手術のマニュアルにこの糸を使うように書かれていた」「先輩にその糸を使うと教えられた」というのが大きかったりする。

 このために,「新しい医者の先生が赴任すると,手術室の縫合糸の種類が増えるんだよね」という現象を生む事になる(結構問題になっているでしょう?)。外科医の研修医時代は徒弟制度みたいなものなので,先輩が「筋膜縫合は2−0のバイクリル」と教えてくれれば,その教えは絶対なのである。また,各外科医局ごとに使う糸が決まっている場合もある(なぜその糸なのかは,誰も知らなかったりするが・・・)

 かくして現実的には,「縫合糸を科学的理由で選択する」のでなく,従来の慣習で選ばれているだけ・・・という理由での選択もまた多いのである。


 合理的に考えれば,縫合糸の選択は次のようになるはずだ。

  1. 長い時間にわたり抗張力を維持して欲しければ非吸収糸
  2. 長い時間,体内に残っていると感染の危険がある場合は吸収糸
  3. 汚染手術では感染がより少ないモノフィラメント糸
  4. 鼻腔,腹腔のように術後に抜糸するのが不可能であれば吸収糸
  5. 皮膚を縫合するのならモノフィラメントの非吸収糸(吸収糸で縫合すると,組織反応のために発赤が起こる事がある)
  6. 真皮縫合はモノフィラメントの非吸収糸

 このように考えると,頭皮のように糸の跡が残っても見えない(つまり,臨床上問題にならない))部位は早期吸収性の糸の糸でという選択肢もあるだろうし(小児の頭皮をこれで縫うと,抜糸がいらない),広範囲熱傷の植皮で後々の抜糸が大変な時も,こういう糸で縫合すると抜糸が不要になる。


 問題は,腹直筋鞘縫合や筋膜縫合,腱縫合,漿膜縫合のように,「長期間,縫合部に残って,縫合部を保持して欲しい」場合だ。これらの部位は通常,強い圧力(腹圧など)が縫合部に加わるため,縫合糸も強いものが選ばれる。
 となると糸の選択基準としては「非吸収糸で抗張力,結節保持力が強い糸」となり,結果として「非吸収性の編み糸(撚り糸)」が候補となる。その結果,太い絹糸,ポリエステルの編み糸,ナイロンの編み糸と言う事になる。

 モノフィラメントと編み糸(撚り糸)の最大の違いは,前者は糸の表面がツルツル,後者はデコボコしていることだ。このため,前者は結節がほどけ易く,後者はほどけにくい。高い腹圧を受ける腹直筋鞘縫合部や,強い力に常に晒されるアキレス腱縫合部を縫合するのなら,やはり伸びにくくてほどけにくい糸を選ぶのが当たり前のように思われてくる。


 だが,この糸の選択は科学的に正しいのだろうか?
 実はこのあたりについて考えていくと,これらの糸を使う理由がわからなくなるのだ。なぜかと言うと,「縫合した組織は糸の力でくっついているのか?」という根本的な疑問があるからだ。

 ちょっと考えてみればわかるが,強くて丈夫でほどけにくい糸で組織を強固に縫合固定したとしても,それは「その部位が強い力に耐える」こととは全く無関係なのだ。
 別の言い方をすると,「組織は糸でくっついているわけではない」のである。「強い糸」で縫合しても「そこそこ強い糸」で縫合しても,実は差はないと考えられる


 このあたりについては,項を改めてさらに書くことにする(・・・予定)

(2002/09/24)

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