「縫合糸も何だかいろいろ種類があって,どういう特徴,特性があるのがわからない。まとめて解説して下さい」というリクエストも多いので,ここでまとめて書いてみる。
縫合糸を分類する基準は幾つかあるが,それを列記すると
最初の「自然素材糸か合成糸か」であるが,これはわかりやすい。絹糸は蚕が作ってくれる糸だし,カットグットは羊の小腸漿膜を糸にしたもの。そしてカットグットの表面をコーティングしたものがクロミック。ただ,BSD問題から,カットグット(クロミック)は使われなくなったようだ。
一方の「合成糸」はもちろん,石油(原油)から化学的に合成されたもの。
両者でどこが違うかというと,人体組織との組織反応性である。「自然素材糸」といえば現在,絹糸しかないが,人体にとっては所詮異種蛋白であり,組織反応性は非常に強い。
一方の「合成糸」であるが,ナイロンやプロリン糸のように組織反応性がほとんどないものもある一方,「合成吸収糸」のように組織反応性を持つものもある(糸が吸収される過程で炎症反応が必ず起こるから)。
「編み糸かモノフィラメントか」だが,これは糸の構造というか,作られ方の違い。前者は細い繊維が多数撚り合わさってできているが,後者は1本の繊維だけでできている。これが何に効いてくるかというと「糸のほどけにくさ」と「糸の強度」の関与してくる。
実際の手術で縫合糸を使うときに,幾つかのチェックポイントがある。糸を引っ張った時にどこまで耐えられるか(抗張力)と,結節の緩みにくさ(結節保持力)だ。それ以外にも,結びやすさ(しなやかさ)というのも外科医にとっては重要だ。
このため「絹糸は結びやすく結節がほどけにくいけれど,強く引っ張るとすぐに切れる」とか「ナイロン糸は結びにくく,結節もほどけ易いが,引っ張ってもなかなか切れない」ということになる。つまり,絹糸は「しなやかで,結節保持力が強く,抗張力は弱い」,ナイロン糸は「しなやかさが少なく(=弾力が強く),結節保持力は弱く,抗張力は強い」ということだ。
合成糸で古いものにデキソンがあるが,その売り文句は「絹糸のようにしなやかで結びやすく,ほどけにくい」だったと思う。つまり絹糸の特性を再現する事を目的に開発されたのではないかと思われる(当時の縫合材料といえば絹糸とカットグットしかなかったから当然だろうな)。そのため,絹糸と同じ物理的構造,すなわち「編み糸(撚り糸)」にしたのだろう(と思う)。その次に(?)開発されたバイクリルも,当然編み糸(撚り糸)である。要するに「縫合糸としての理想像」としての絹糸の物理的特性にどこまで近づけるか,という開発の歴史だったのかもしれない。
さらに「編み糸かモノフィラメントか」は,創感染率にも絡んでくる。編み糸(撚り糸)の場合は感染が多く,モノフィラメントの場合には少ない。
これは編み糸(撚り糸)の繊維と繊維の間に細菌が入り込んでしまうと,好中球やマクロファージがこれを排除しにくくなる,という理由があるためらしい(さらに絹糸の場合は,繊維の蛋白質自体が細菌の栄養源になっているのではないか,とも言われているらしい)。
「吸収糸か非吸収糸か」。要するに,マクロファージが「こいつは異物だから食っちまおう」とターゲットにして,実際に食えるか,食えないかの違いだ。絹糸は「異物だと認識しているけれど分解できない(から残る)」,PDSやバイクリルは「異物だと認識して実際に分解できる」,ナイロン糸は「異物だと認識しない」ということになる。
医学的には「糸が長く残っていては困る」ところには吸収糸を使う。だから胆管や尿管のように糸が残っているとそれを核に結石を作る危険性があるところでは,吸収糸を選んだ方がいい。逆に,形成外科の真皮縫合のように「長く真皮に残り,手術痕が広がらないようがんばって欲しい」という場合は,ナイロンという組織反応性の少ない非吸収糸を使う。同じ非吸収糸でも組織反応性の強い絹糸は真皮縫合に使われないのは当然である。
さらに吸収糸には,2週間程度で吸収されるもの(バイクリルラピッドやモノクリル)と,吸収に数ヶ月を要するもの(PDS,マクソン,デキソン,バイクリル)がある。後者は動物実験では90日前後で完全吸収されるものが多いが,抗張力はそれよりかなり速く弱くなるようだ。
というわけで,現在使われている縫合糸(手術用糸)を分類しなおしてみる。
これで大体,自分たちがいつも使っている糸が,どういう特性,性質を持つものに分類されるか,お判りいただけると思う。
(2002/09/24)