これも昔から「これは嘘だろうな」と思っていたものの一つに,抜糸の時に糸のどこを切るかと言うのがある。外科の教科書やマニュアルを見ると,下図左側のように抜糸をしろと書いてあるはずだ(少なくとも私は見たことがあるぞ)。
すなわち,結び目をちょっと持ち上げ,体内に入っている糸を切って抜糸するだけなんだけど,その理由として,「外に出て糸を切ると糸を抜く時,それまで外に出ていた糸が体内を通ることになり,感染を起こすから」と明記されていたと思う。上図右側では「外に出ている糸」を赤くしたが,ここを切っちゃいけないよ,と言うわけである。
こういうのを「見てきたような嘘」と言っていいのではないだろうか? と言うか,よくもまぁ,こんな細かいことにまで気が付く人がいたのだなぁと,そっちの方に感動を覚えちゃうのであった。
この項目を執筆した外科学講座の教授(・・・多分)は,上図の赤い部分を切って抜糸したために傷が感染した経験があるんだろうか? 断言しちゃうけど,この著者はそういう例は見たことも聞いたこともないはずだ。だけど,昔の教科書にそう書かれていたから,何の疑問も持たずに書いちゃったんだぜ。
こういうのを「嘘の継代培養」って言いますな。
もちろん,糸のどこを切って抜糸しようと,創感染が起こるわけがない。要するに単なる迷信である。縫合糸が細菌で汚染されていたとしても,どうせその糸を抜いてしまうのだ。感染源となりうる縫合糸がなくなってしまうのだから,糸についた細菌(=皮膚常在菌)が一瞬,体内に入り込んだところで感染が起きようがない。
外科の教科書にこんな下らない(失礼!)ことを書くヒマがあったら,「絹糸は縫合糸膿瘍を起こしやすいので,高度の無菌操作が要求される手術では,安易に使うべきではない」ことを書いたほうが,よほど,世のため,人のためであると思う。
(2002/08/07)