細菌を蟻に例えると −その2−


 細菌を蟻に例えると消毒がらみの話,無菌操作がらみの話が非常にわかりやすくなる。前回の例えをさらに敷衍すると,いろんなことが明確になってくるのだ。


 あなたの家に庭があり,蟻の巣穴があるとしよう。蟻の種類はクロオオアリ(別にアメイロケアリでもクビナガアシナガアリでもいいわけだけどね・・・っていうか,クロオオアリにする必然性もないか・・・)。もちろん庭の表面が皮膚ですね。蟻の巣は皮膚の毛穴に相当するのかな?

 庭(皮膚)には蟻が沢山這いまわっている。これが要するに皮膚の常在菌と言うわけだ。ちなみに庭はこの蟻のお陰で死んだ昆虫の死骸もなくきれいな状態を維持できている。つまり,庭(皮膚)にとって蟻(常在菌)は必要な存在。
 同様に,殺虫剤が消毒薬に相当するが,この殺虫剤は人体には有害な成分で作られているんだ。


 「開放創(皮膚欠損創,褥瘡,熱傷創など)とは庭の一部を掘った状態に相当する。当然,蟻は庭の他の部分同様,掘れた部分の上も這いまわる。これが「皮膚欠損創面には常在菌がいて当たり前」というのの説明。「皮膚欠損創を消毒しても無駄」というのは,この「掘れたところにいる蟻」を殺虫剤で殺すようなもの。殺虫剤で蟻は殺せるけど,すぐにほどなく別の蟻が這い出てくるだろう。

 そして掘れた部分を土でならしてやると,傷は修復されることになるが,この操作において蟻がいようといまいと関係はない。つまり,庭を修復する上で,蟻を除去する必要はない。同様に皮膚欠損創の治療において,創面の常在菌を除去する必要はない(このあたりは全然,説明になってないじゃん・・・書いてから気が付いたりして・・・)


 蟻は蟻の巣の中と庭表面にしかいない。つまり蟻の巣以外の地中には蟻は存在しない。これが人体で言うところの臓器,組織に相当する(肝臓とか肺とか皮下組織,つまり本来無菌のもの)。そしてこの「蟻の巣以外の地中」になぜか,お菓子貯蔵庫があるわけですよ(・・・ちょっと強引)

 土がちょっと掘れたくらいなら問題ないが,この「お菓子貯蔵庫」に蟻が入られては困る。ましてやここに蟻の巣を作られたらもっと困る。これが感染に相当する。


 例えば手術というのはこのお菓子貯蔵庫に向かって穴を掘る作業である。だから掘る部分に蟻がいては困るから掘る前に殺虫剤をまくのは意味があるだろう。当然,穴を掘る道具に蟻がついていては困るので,道具を殺虫剤で「消毒」するのも必要だ。これが手術執刀前の皮膚の消毒,手術器具の滅菌に相当する。
 だから,執刀前に皮膚を消毒するのは意味があるし,滅菌の手術器具を使うのも意味がある。

 もしも穴掘り作業中に蟻の侵入を防ぐのであれば,作業前に殺虫剤をまき,庭全体を防水シートを敷き詰め(それこそ蟻の這い出る隙間もないようなシートね),それから掘っていく方法が考えられる。これが手術の際のドレープ使用の意味。ただし術中の感染予防には有効だが,シートの下には蟻が這いまわっているわけで,ドレープの端っこが剥がれると,蟻はすぐに這い出てくることだけは念頭に置く必要がある。


 蟻が貯蔵庫に入ってしまったり,そこに巣を作ってしまったらどうするか?

 もちろん,蟻に殺虫剤をかけることは可能だが,そうするとお菓子も食べられなくなってしまう。手段としては女王蟻を見つけて殺すか,人体に影響がなく蟻だけ殺してしまう薬を使うことだけだ。前者がデブリードマン,後者が抗生剤投与に相当する。
 ただ,この薬を長期間使っていると,クロオオアリが絶滅した後に隣の庭からその薬に強い別の蟻(サムライアリとか)が侵入して増えることがある。これが耐性菌への菌交代,ってやつだな。


 こうやって考えると,手術創に滅菌ガーゼをあてたり無菌操作するのがおかしいことがよくわかる。
 前述のように,「深部への穴掘り作業(=手術)」が終わり,地面がきれいにならされると手術終了。手術前には殺虫剤をまいて蟻を殺したはずなんだけど,手術が終わる頃には殺虫剤の効果も薄れ,巣穴から出てきた蟻が,手術前と変わらずに這い回っている。

 無菌操作というのは,「本来蟻がいない部分に対し,外から蟻を持ち込まないように」するための操作だ。ところがこの穴掘り作業後の庭には蟻は一杯いる。「外から蟻が入り込まないように」と操作しようがしまいが,蟻の数は変わらない。つまり,無菌操作をしようとしまいと,手術創の蟻の数は状態は変わらないのだ。

(2002/06/24)

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