お茶してますか? 強酸性水してますか?


 皆様の病院,病棟では強酸性水を使ったり,お茶で褥瘡を洗浄したりしていますか?
 講演会のたびに,質疑応答になると「強酸性水は有効でしょうか?」という質問が必ずと言って良いほどありますし,お茶(カテキン水)による洗浄についての質問も時々あります。恐らく,結構多くの病院,病棟で使われているんじゃないでしょうか?

 実は私,どちらも極めて胡散臭いと思っています。効果があるのは「洗浄」であって,「強酸性水(カテキン水)」ではないと思っています。以下それを論証します。


 まず,強酸性水とは何かを説明します。

 水道水にNaCl(あるいはKCl)などの電解質を加えて電気分解した時,陽極(陰極)側に生成される水のことを「強酸性水(強アルカリ水)」と呼び,「アクア酸化水超酸化水強酸化水」呼ばれることもあります。化学的には pH=2.7 以下酸化還元電位 +1000mV 以上のものを指します。

 この強酸性水が注目されたのは強力な殺菌作用です。通常,細菌やウィルス,真菌が生存できる環境は,pH 3〜10酸化還元電位 +900〜-400mV とされています。つまり,これ以外の環境では細菌もウィルスも生存できないことになり,上記の強酸化水の環境はまさにそれに相当し,強力かつ広範な殺菌作用を持つわけです。このような作用機序から,抗生物質に対して細菌が獲得するような「耐性」は通常,起こりえません。
 またほとんどの菌が5秒以内に死滅するとされています。

 欠点は作ったらすぐに使わないと失活すること。つまり,光に当たったり,有機物に触れると短時間(5分くらいだったかな?)でただの水(塩水)に戻ってしまうため「作ったらすぐに使う」のが原則。一応,完全遮光して完全密封すると一週間は効果が保たれるようですが,実際の診療上は「すぐに失活する」と覚えておいた方がよさそうです。
 また「有機物に触れると失活する」ので,褥瘡周囲の皮膚に垢がついていたり,褥瘡創面に分泌液や血液,壊死組織があれば,ほとんど効果はありません。

 この強酸性水ですが,1996年頃から褥瘡に対する有効性が相次いで報告されたため,多くの病院に採用される事になりました。事実,強酸性水生成器(かなり高価)はかなりの売れ行きだったようです。


 さて,以上の事実を踏まえ,この強酸性水(そしてカテキン水)が少なくとも褥瘡や皮膚損傷の消毒・殺菌で無効である事を示します。


 皮膚欠損創(褥瘡,熱傷,擦過傷など)の創面は皮膚常在菌(MRSAを含む)がいるのが当たり前,いても構わないこと,細菌単独で感染を起こすことは極めて稀なこと,発赤などの感染症状がなければ細菌を除去する必要がないことは,これまでしつこいほど説明してきました

 「褥瘡に強酸性水を使えば速く治る」という考えの根本にあるのは,「細菌が創面にいるから治らない,細菌を除去できれば褥瘡は治る」という発想でしょう。しかしこれは,上記の説明でわかる通り,非科学的な思い込みであり,科学的根拠はありません。いわゆるひとつの迷信に過ぎません。
 繰り返しになりますが,褥瘡や熱傷創面に常在している細菌は,たとえMRSAであっても除去する必要は全くありません


 仮に「強酸性水の強力な滅菌・消毒作用により,褥瘡面の細菌が除かれた」としましょう。この場合,除菌できたとしても,それはほんの短時間に過ぎません。上述のように,強酸性水は協力で広範な殺菌効果を持ちますが,完全遮光でもしない限り,作ってから数分で失活してしまいます。まして,創面に有機物(壊死組織,血液,壊死組織,分泌液,垢など)があれば実に速やかに,実に呆気なく失活してしまいます。

 つまり,強酸性水で創面を洗浄し,5秒で全ての細菌が死滅したとしても,殺菌効果はそこまで。細菌がいなくなった褥瘡面には,周囲の健全な皮膚から皮膚常在菌が移動し始め,ほどなく,元の細菌叢に戻ってしまいます。まして,真皮が残っているような創面だったら,もっと速く戻ってしまうはず(毛穴に常在菌がいるからね)

 ということは,一日一回,強酸性水洗浄で創を無菌化できるのはせいぜい10分程度であり,残りの23時間50分は洗浄前同様,「細菌だらけ」なんですね。もしも「強酸性水による褥瘡面の清浄化」を期待しているのであれば,少なくとも10分ごとに創を洗浄しなければいけないという結論になります。

 理論的に考えれば考えるほど,強酸性水による洗浄がいかに馬鹿げているかがわかると思います。事実,日本以外の国で強酸性水は使われていないし,褥瘡に対する有効性を示すデータは存在しません。有効だと言っているのは,日本の医者と看護婦だけです。
 「超酸化水信仰」に決定的に欠けているのは科学的なEvidenceそのものです。


 とここまでくれば,なぜ「カテキン水(お茶)」による褥瘡洗浄に意味がないか,おわかりいただけると思います。たとえお茶のカテキンに殺菌作用があったところで,それは短時間のものであり,殺菌力が長時間持続するものでない限り,効果は皆無です。


 ではなぜ,「強酸性水(カテキン水)が褥瘡に有効」というデータ・報告が多いのでしょうか?

 それはこれらの報告の元になっている実験そのものが不完全だからです。ここにトリックが隠されています。これらの報告(実験)では,「洗浄していない褥瘡と,強酸性水で洗浄した褥瘡」を比較し,後者が速く治癒したとする報告(論文)がほとんどです。

 しかし,ちょっと考えればわかりますが,これは 'case-control study' になっていません。このような実験で言えるのは「洗浄しないより,洗浄したほうが治癒が速そうだ」と言うことだけです。強酸性水の優位性はこの実験では結論付けられません。つまり,正確な実験をするなら

を比較し,そこで差がでたら, を比較すべきです。つまり,上述のような実験では,「強酸性水の効果でなく,洗浄自体の効果ではないのか?」という疑問が出された時,それに答えられないのです。賭けてもいいですが,「蒸留水による洗浄」と「強酸性水による洗浄」で統計的有意差は出て来ないはずです(以前,ある学会で「強酸性水の有効性」を発表した某大学救急部の助教授の先生に,この疑問をぶつけてみましたが,質問の意味をご理解していただけなかったようで,頓珍漢なお答えしかいただけませんでした)


 さらにこの強酸性水で危険なことは,金属を腐蝕する作用を持つことです。つまり強酸性水を流すと,配管が腐蝕します。ステンレスであっても長期間では腐蝕した,という報告もあるくらいですから,強酸性水をよく使っている病棟だと,ある日突然,階下の病棟の天井から汚水が・・・という事態にもなりかねません。悪いことは言わないから,使用を中止した方が良さそうです。


 なお,これを書くにあたって参考にさせていただいたサイトを列挙させていただきます。

 これらの中で,「強酸性水の褥瘡洗浄には有効性がない」と断じていたのは,最後の日東メディカルのサイトだけでした。

(2002/03/18)

左側にフレームが表示されない場合は,ここをクリックしてください