「関節穿刺後の入浴の是非」,言い換えれば「関節穿刺をした後に入浴させることで,化膿性関節炎が起こるのか」についてさらに理論的(?)補足をする。
まず,前回使用した図に再登場願おう。
で,私の反論は,「体内ではこういうトンネルは存在できないのだ」というものだったが,ある整形外科医の方から「関節穿刺後に関節液が漏出することがある。つまり,この場合はトンネルは存在することになる。となると,関節の動きにより関節腔が陰圧(もちろん,周囲の圧より低い,ということです)になることもあるだろう。その場合,水の流れによって関節内に細菌が移動してもおかしくはないはずだ」というご意見をいただいた。
この意見に対し,物理学的(?)な面から反論を試みることにする(とはいっても,物理学の知識は中学生程度のため,なんだか非常に怪しいが・・・)。
まず,「なぜ,関節穿刺後に関節液が漏出するのか」について。
関節腔内が高くなっている場合,関節包内壁が受ける圧力はパスカルの原理(でしたよね?)により,全ての方向で等しくなっている。この力が実際の関節でどのように作用するか考えると,関節軟骨は変形できないため,関節の側面(軟骨でない部分,つまり関節包)に圧が集中し,その結果,関節包は膨隆することになる。
もしもこの時,関節包に物理的に弱い部分があれば,焼いたお餅が膨らむように,その部分だけが膨隆することになる。
ということは,関節穿刺をした場合,針を抜いたところが「最も弱くなっている」部分に相当するため,内圧が高まっていれば関節液はこの「孔」から流出することになり,圧平衡に達するまで漏出は続く。
一方,関節腔内の圧力が周囲より低くなり,関節包に皮膚に通じる「内径1ミリ前後のトンネル」がある場合を考えてみよう。
この場合も,圧による力は外側から内側にかかるが,この場合も内腔全体に均等である。当然,「トンネル」内壁にも外側から内側へと力が加わり,これは「トンネルを潰す」方向の力となる。
ここで単位体積あたりの組織が受ける力を考えてみると,「体積の割に内腔面積が大きい」と組織が受ける力は大きくなる。この場合,「トンネル」のような体積の割に内腔面積が大きい」構造では,周囲組織はより大きな力を受けることを意味する(・・・はずだ・・・多分)。
要するにこの「トンネル」は内腔が0.5mm,内側に移動しただけで閉鎖してしまうのだ。つまり陰圧がかかってしまうと,特別強い力が加わらなくても,すぐに潰れてしまう運命なのである。
となると,当然,「トンネル以外の関節包」が凹むより先に,「トンネル」が潰れてしまうことになる。
つまり,関節腔に通じる「トンネル」があると,関節腔内圧が外部の圧よりも高い場合はこの「トンネル」に最も強く力が加わり,外に噴出するルートになるのに対し,内腔の圧力が低い場合は,このトンネル内壁は最も強い力で内側に引き込まれ,真っ先につぶれてしまうのだ。
「関節腔内が陰圧になると,トンネルを通じて外の水を吸い込んでしまう」のは机上の空論ではないかと思われるのだ。
また仮に,このような「トンネル」が潰れずに残っている場合を想定しみよう。この場合,関節内腔の圧が外側より低い場合,水を吸い込めるのだろうか?
この場合,「トンネル」の内腔は,注射針の外径より太くなることはありえない。つまり,せいぜい1o程度である。
このような細い「トンネル」に水を通そうとすると,今度は水自体の粘性が効いてくるはずだ(・・・自信ないけど)。注射針をつけたシリンジで液体を吸い込むのは,かなり力のいる作業である。18Gの針ならまだしも,23Gくらいになると一仕事だ。
つまり,たとえ「トンネル」が存在していたとしても,内外の圧力差で液体が移動するのは,想像以上に大変なことであり,非常に大きな圧力差が必要になる。
このような「皮膚側の水を吸い込むような圧力差」が,生体の関節腔で発生しうるものだろうか?
物理的に考えて,関節内腔の圧力が低くなる場合とは,関節液の量が変化しないのに関節内腔の体積が急に増大した場合,つまり相対する関節軟骨の距離が拡大する場合だけだ。つまり,関節で連結している骨の距離が大きくなった場合だ(関節軟骨や関節包が急に大量の関節液を吸収し始めた,などの無理やりな情況があれば別だが・・・)。
もちろんこれは起こりえない。こんな現象が起こるのは関節離断などの重篤な外傷の場合だけだろう。なぜなら,関節を作っている骨同士は強靭な靭帯で連結されていて,容易なことで骨が離れないように(=関節が破壊されないように)なっているからだ。
つまり,「皮膚の外側の水を吸い込む」ほどの圧力差を作ろうとすれば,関節そのものを破壊するしか方法がないと思われる。従って,「風呂に入る」程度の動作では,外の水を関節に吸い込むだけの圧力差は作れないと断言する。
そしてさらに駄目押し。
ここで問題にしている「皮膚から関節腔に通じるトンネル」は関節穿刺をするときに作られたものだ。当たり前である。穿刺をする際は,膝ならば関節を軽く屈曲させるとか,あるいは伸ばしたままとか,ある一定の姿勢を取らせて穿刺する。また,針を刺しやすいように,皮膚をピンと延ばして刺すことも多いと思われる。
つまり,この「トンネル」はあくまで,「穿刺をした瞬間の状態での,皮膚と関節腔の最短距離」をとっているに過ぎない。
当然,関節を動かしたとか「皮膚をピンと延ばすのを止め」れば,皮膚は動いてしまう。その結果,皮膚の刺入部と関節包の刺入部の位置関係は動くことになる。図で書くと下記のようになる。
ここではわかりやすいように「直線状のトンネル」で書いたが,実際には真皮と皮下脂肪では移動距離が変化するため(皮膚との結合力に差があるため),この「トンネル」は大きく変形しているはずだ。しかもその上,引き伸ばされてさらに細くなっている。
いくら関節内腔の圧が極度に低下したとしても(それすら非現実的であるが・・・),このように細く変形した「トンネル」の中をピンポイントで狙ったように水が通るのは,科学というよりはお伽噺ではないだろうか?
(2002/02/05)