関節穿刺後の入浴の是非


 ある整形外科医の方から「整形外科ではよく関節穿刺を行いますが,穿刺後は入浴しないようにと説明しています。これは果たして必要でしょうか。以前,整形外科医のネットで質問したところ,危ないことは極力避けたほうがいい,入浴後に感染した例を知っている,というように,入浴に否定的な意見ばかりでした」というメールをいただきました。
 これも非常に面白い話題ですので,私の考えをまとめてみます。


 まず結論,入浴しても構いません。また,入浴によって感染が引き起こされることは理論上,起こりえませんし,起こるわけがありません。


 「なぜ関節穿刺の後に入浴していけないのか」と整形外科の先生に尋ねてみてください。ほぼ100%,「お風呂の中の雑菌が注射の針穴から関節腔内に入り,化膿性関節炎を起こすからだ」と答えられると思います。

 だとしたら,これは全く馬鹿げています。このような理由で化膿性関節炎が起こることは物理的に不可能です。絶対に起こらない現象です。


 「注射の針穴からバイ菌が進入し,化膿性関節炎を起こす」のだとすると,このような現象が起こるためには「穿刺した注射針を抜いた後,注射針が通った部分がトンネルとなって残っている」事が前提となります。当然,針が通って関節包に開いた穴も,そのままの形で残ってもらわなければいけません。図にすると,こういう状態です。

 左が関節穿刺(注射器で関節液を吸い取る)をしている最中,左が針を抜いた後。
 なるほど,これならトンネルが関節腔内に通じているわけですから,お風呂に入るのは,確かにヤバそうですね。

 ですが残念ながら,こういう現象,絶対に起こりません。こういうトンネルは体内では存続できないからです。針を抜いた瞬間,注射針の通り道は完全に閉鎖し,それこそ水の洩れだす隙間さえない状態になります。そうでなかったら,関節穿刺をするたびに関節腔から関節液は「だだ洩れ」状態になっているはずです。

 皮下組織内にこのような「トンネル」が存在すると考える方が無理です。注射の針穴など瞬時のうちに,周囲の組織の圧力でつぶれてしまうはずです。トンネルを存続させるためにはそれを外部から支える頑丈な剛構造が必要です。山腹に穴を開けただけのトンネルがすぐに山の重力で潰れてしまうように,注射針によって空けられたトンネルは,針を抜いたとたん,周囲の組織の圧力で跡形もなく埋まってしまいます。

 形成外科では鼻を作ることがありますが,呼吸のできる鼻穴まで作るのはものすごく大変なのです。骨か軟骨で支えを作らない限り,穴はあっけなくつぶれてしまいます。人体に空間を作ると言うのは,想像以上に大変なことなのです。

 IVHカテーテル抜いた時のことを思いだしてみてください。長期間留置したIVHカテーテルを抜去する時,申し訳程度に抜いたあたりを圧迫していると思いますが,決してそれは「カテーテルが血管を貫いていた場所」を圧迫しているわけではありません。それなのに血腫を作ることも滅多にないし(出血傾向があれば話は別だけどね),まして,カテーテルを抜いた穴から血が噴き出してくる(静脈と言えども,あの鎖骨下静脈ですから血は噴き出します)ことはありません。せいぜい,静脈周囲に血腫を作るくらいです。

 つまり,IVHカテーテルのように長期間留置したとしても,カテーテルの通ったルートはカテーテルの抜去とともにつぶれてしまうのです。


 従って,関節腔穿刺をしたあと,お風呂に入ろうが海に入ろうが,外から細菌が進入できるわけがありません。細菌が入りこむルートがないのですから何をしようと構いません。


 「そうは言っても,関節液は漏れないけれど,細菌が入り込むくらいのごく微細なトンネルくらいは開いているんじゃないか? そこから風呂の水と一緒に細菌が入るんじゃないか」という慎重な(?)考えもあると思います。
 こういう質問も想定してみましたが,「液体が漏れないのに細菌だけが通れる穴がある」というのはもうお伽噺レベルの話になってしまいます。
 また,そのようなトンネルが仮にあったとしても話は同じです。

 細菌がやっと通れるくらいのトンネルが開いていたところで,それを通ってお風呂の水が関節内に入るのは物理的に不可能です。注射の針といってもせいぜい外径で1o内外のものです。このように細いトンネルに水を通すとしたら,注射器で注入する以外は不可能でしょう(・・・現実には,注射器でいくら圧をかけて入れようとしても入らないだろうけどね)
 10m位の深さのお風呂の底に沈んで水圧で無理やり風呂の水を押し込むか,あるいは関節腔内を何とか陰圧にして風呂の水を吸い込むことも考えられますが,力学的・常識的に考えればそれだけの圧力差があれば,水が入るより先にトンネルがつぶれてしまいますよね。トンネルを支える硬い構造物がないから当然です。

 「いやいや,細菌は風呂の水と一緒に入るんじゃなくて,自分自身で動いて関節腔に入るんだ」という考えもあるでしょうか?
 こういう疑問に対しては,細菌の移動速度と皮膚から関節腔までの距離から,細菌が到達するのに必要な時間を計算するようにアドバイスいたします。


 それでは,なぜ「関節穿刺後に入浴した患者が感染した」という例があるのでしょうか?

 これは単純に考えれば「関節穿刺の時に皮膚の細菌を中に持ちこんだ」のが原因でしょう。つまり「入浴前に関節内に細菌が入っていた」わけです。つまり原因は関節穿刺をする際の手技的ミスです。それを認めたくないものだから(?)「お風呂になんか入るから化膿しちゃっただろう」と患者に責任転化をするわけですな。


 ちなみに,関節穿刺をする前の消毒とした後の消毒では全く意味が異なります。関節腔は細菌が入った場合にそれを排除するシステムがない器官です。ですから関節を穿刺するのであれば,関節腔内に細菌を持ちこまないように厳密に無菌操作すべきです。
 しかし,関節穿刺が終わってしまえば,もう外から細菌が入りこむことは不可能です。つまり,関節穿刺後に皮膚を消毒するのはナンセンスです。

 このように考えると,関節穿刺をする前の皮膚の消毒を見ていると,本当にこれで大丈夫なの? ということが多く見受けられます。
 イソジン消毒した後,ハイポで脱色する医者をよく見かけますが,これは消毒効果を帳消しにする行為ですし,消毒してすぐに消毒薬を拭き取るのも同様。消毒しているように見えて,実はしていない,というよい実例です。
 ま,逆の考え方をすると,これほどいい加減に消毒して関節穿刺しているのに,感染する例が極めて少ないということですから,消毒しようとしまいと,感染率はそんなに違わないのかな,という気もしますね。

 ちなみにイソジンの場合,消毒した後に自然乾燥させると1時間くらいは皮膚は無菌状態を保っていると言われています(もちろん,血液などが皮膚にくっついてイソジンが流れればそれまでだけどね)
 穿刺後のお風呂のことを心配するくらい慎重な医者だったら,関節穿刺をする際,もっと他に注意すべきことがあるだろうに,といいたくなります。


それでもまだ「関節穿刺をした後に入浴なんて,もってのほか」とお考えの整形外科医の方,どんどん論争を挑んでください。いつでも受けて立ちます。

(2002/01/13)

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