注射をする前,採血をする前,病院では必ず酒精綿(アルコールが染み込んだ綿)で皮膚を拭き,チクっとされるのが日本の医学の常識。恐らく,これをしないで注射・採血している病院はほとんどないと思うが,いかがだろうか?
実はこれも無駄ではないかと考えている。
なぜ注射(採血)の前に酒精綿で皮膚を拭くかと尋ねられたら,医者・看護婦はどう答えるだろうか? 何人かの看護婦に確かめてみたが,「注射の前には必ず酒精綿で皮膚を拭くように教えられたから」,あるいは「皮膚の細菌が注射と共にからだの中に入って感染するのを防ぐため」が多かった。恐らく,医者に尋ねても同じ答えしか返ってこないはずだ。断言するが,これ以外の答えはありえないと思う。
もしもこれ以外に答えがないとしたら,この「注射の前の酒精綿」は全く無駄だ。意味のない行為だ。
これまで何度も述べてきたように,皮膚・皮下組織の感染は細菌だけによって起こるのではない。壊死組織・異物があって初めて,細菌による感染が起こるのだ。
確かに,酒精綿で拭かずに注射した場合,針先に皮膚の細菌(常在菌)がくっついているかもしれない。そしてそれが,皮下脂肪層に入るかもしれない。しかしそれでおしまい。そこから「感染」まで発展することはありえないのだ。注射の針はすぐに抜かれてしまうし,注射したところに異物・壊死組織が偶然あれば話は別だが,そうでない限り感染は絶対に起こりえない(IVHカテーテルのように長期間留置する場合は,カテーテル自体が異物になっているので,話は別)。たとえ注射針の先が折れて残ったとしても,金属片が感染源になることはまずほとんどない。
と考えると,「採血(注射)の前には酒精綿で皮膚を消毒」という医療現場の常識も,根拠が極めてあやふやになってくる。一体,この行動には理論的根拠があるのだろうか。
恐らく,次のような実験(?)をしてみれば,事の是非は明らかだろう。
もしも,注射(採血)まえの酒精綿での皮膚消毒に意味があるとしたら,どの程度の濃度のアルコールで,作成後どの程度の時間放置したものまでが有効で,どのくらいの時間をかけて皮膚をこするべきかを提示すべきだろう。しかし今だかつて,このような「ガイドライン」が示されたことはないはずだ。つまりこの「注射・採血前の酒精綿での消毒」は単なる習慣,風習,言い伝えではないだろうか。なんとなく効きそうだ,と言うことでしているだけだと思う。
この酒精綿がらみの「風習」もそろそろ,考え直していいのではないだろうか。
必要だとするデータが出たらその方法を厳密に守るようにすればいいし,必要ないと言うデータしか出なかったら,それはさっさとやめるべきだ。一番問題になるのは「必要かどうか検証されていない」という状態のまま,なんとなくそれを続けていることだ。
酒精綿やアルコールがいくら安いと入っても,全国で使われているものを合計すると,実に莫大な金額になるはずだ。それがすべて無駄だったとするとこれはやはり,無視すべきではないと思うが,いかがだろうか?
ちなみに筆者であるが,この2年ほどは局所麻酔をするのに皮膚の消毒は一切していない。拭きもせずにいきなり注射。これを全例に行っているが,注射により感染した症例はいまだに皆無である。
たかだか400例ほどの経験ではあるが,注射する時に酒精綿でゴシゴシしなくても,皮膚・皮下組織の感染が引き起こされることはないのである。
なお,酒精綿に関しては以前も書いたが,薬液缶に大量に作っておいて時間が経った酒精綿は,消毒効果はかなり弱まっているらしい(アルコールが蒸発してしまうため)。作り置きの酒精綿で細菌が繁殖していた,という報告もあったはず。
そのためアメリカでは「作り置きの酒精綿」は使用せず,1枚パックのものを使っているらしいことを,付け加えておく。
(2001/12/27)