無菌操作のこと


 外科系診療科の創傷処置の基本は「清潔操作(無菌操作)」である。つまり,ピンセットやハサミは全て滅菌処理をしたものを使い,ガーゼも全て滅菌処理済だ。ガーゼを傷にあてる場合は,素手で扱うのは御法度であり,滅菌ピンセットでガーゼを摘むのが常識。
 ピンセットの端がちょっとでも手に触れようものなら,「不潔になったから使うな! すぐに捨てて!」と先輩から鋭い叱責の声が飛ぶはずだ。

 だがこれも,別の見方をするとなんだか根拠が怪しくなる。


 無菌操作は何のために行うかというと,「本来無菌である臓器」を扱うための操作である。つまり,心臓やら肝臓やら腹膜やら脳味噌やら,細菌が存在しない場所を扱う場合にするものである。これらの臓器に細菌がいたら,それこそ大事である。だから,「外から細菌を持ち込まないように」無菌操作をするのだ。これは論理的に正しい。

しかし,術後の皮膚の手術創を処置するときに無菌操作って,必要なんだろうか?


 再三述べているように,皮膚は無菌ということはありえない。どんなに強力な消毒薬を使ったところで,ちょっと時間がたてば,消毒前の状態(=常在菌が繁殖している)に戻っている。
 皮膚から常在菌を全く除去しようとするのなら,ガスバーナーで皮膚を焼くか,高圧下の130℃のお湯でグツグツ煮るか,あるいは皮膚を根こそぎ剥いでしまうしかない。

 まして,手術後の縫合部ときたら,洗っているわけでないから垢が溜まり放題だ。普段より細菌が多くて当たり前だろう。


 つまり,手術の縫合創は「必ず皮膚常在菌がいる」ものなのだ。そういう縫合創を処置するときに,無菌操作をするのは論理的に矛盾していないだろうか。
 もう既に「細菌がいる」のに,「外から細菌を持ち込まないように」無菌操作したって,全く無意味である。これはいわば「ウンコのついたお尻を拭くのに滅菌ガーゼ」を使っているようなものだろう。術後の傷を清潔操作で処置するのは,つまりそういうことなのだ。

 もちろん,手術のときに無菌操作をすることは意味がある。本来無菌であるべき臓器を扱うのだから,感染のリスクを少なくするためには,厳密に無菌操作すべきだろう。
 しかし,皮膚のように「常在菌が必ずいる」部位に無菌操作するのは無駄な行為である。無菌操作を完全に止めたって,恐らく創感染の発生率は変わらないだろう。


 同様に考えてみると,「膿瘍切開」をする前に皮膚を消毒するのもほとんどナンセンス。何しろ,切開する皮膚の下は既に「膿だらけ」なのだ。そういう状態で,皮膚を消毒したところで,何の意味があるのだろうか? ほとんどオマジナイ程度であろう。


 もちろん,「これらの無菌操作は本質的に無意味かもしれないが,本当に無菌操作が必要な局面で自然にその操作ができるようにするための訓練として行っているのだ」という意見もあるかもしれない。
 このような考えを否定する気はないが,あまりに非現実的な気がする。要するにこういう考えは,「外を歩くときは,雨や雪が降る可能性もあるし,空から隕石が落ちてくる可能性もあるので,常に雨傘を持ち,毛皮のコートを着て,ヘルメットをかぶるようにしよう」と言っているようなものだ。

 少なくとも,術後の皮膚の傷を処置するのに,無菌操作はナンセンスだと断言する。

(2001/12/20)

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