創を閉鎖して感染は増えないのか?


 皮膚欠損創を創傷被覆材で密封すると,驚異的に速い創治癒が得られることは実例をあげて説明したが,このような「閉鎖療法」を説明すると必ず,「密封することでかえって細菌が増えるのでないか」「密封すると嫌気性菌が増えるのでないか」という疑問が出る。
 講演会などでも真っ先に出る質問の一つだ。


 だが,これまで,「密封することで感染が増えた」という報告は一つもないのだ。むしろ,「開放治療と密封治療を比較すると,後者のほうが感染率が低い」という報告しかない。最近,EBM,つまり「証拠に基づいた医療」の重要性が言われるようになってきたが,まさに「密封することで創は速く治癒し,感染も少ない」というEvidence(証拠)しかないのである。

 閉鎖療法を行っている創面の細菌叢に関する報告は多いが,「ハイドロコロイドで閉鎖した創面の細菌は,表皮ブドウ球菌がほとんど」という報告ばかりで,嫌気性菌が多数検出されたという報告はない。半透過性フィルムと閉塞性ドレッシングでは,後者のほうがブドウ球菌の増殖が少ない,というデータもある。


 なぜ,創面を密封すると感染が少なく,創治癒が速いのだろうか?

 創を閉鎖することで起こる,創面の変化は次の3つになる。

  1. 温度の上昇
  2. PHの低化
  3. 低酸素化
これらが細菌と,創面の細胞両方に作用することになり,事情はかなり複雑になる。


1. 温度
 好中球などの異物や細菌を貪食する細胞にとって,温度が低化すると貪食機能も低化するとともに細胞分裂も制限され,28℃以下になると著しく障害される。また創傷治癒において中心的な役割を果たすマクロファージにしても,体温と同じ程度の温度でないと正常に活動できないこともわかっている。
 ガーゼで創面を覆った場合,創面の温度は25度程度まで低化するが,ポリウレタンフォームで創面を覆った場合,30℃以上に保たれるというデータがある。すなわち,被覆材で創を覆うと温度が保たれることになり,創感染抑制に有利になる(勿論,細菌の増殖にとっても温度が高いほうが有利なわけだが・・・)

2. pHの低下
 ハイドロコロイドなどで創を被覆すると組織のpHが6前後に低化する(ハイドロコロイドの持つ緩衝作用によりpHが低下する),逆に創を開放にしておくと呼吸性アルカローシスになり,組織のpHは8前後になる。
貪食細胞の活動は低いpHで活性化し,細菌の繁殖を抑えるほうに作用する。また,pHの低化は創傷面で産生されるアンモニア(組織障害性を持つ)の発生も抑えるため,これも創傷治癒を促進させることになる。創を開放するのでなく,密封したほうが良いというのはこれらからも明らかだ。

3. 低酸素化
 そして低酸素だがこれはちょっと複雑。まず,上皮細胞は酸素濃度が高いほうが増殖に有利とされる。一方,低酸素状態になると血管新性が促進され,組織に供給される細胞は増加することになる。線維芽細胞を見ると,酸素濃度があまり高いと活動が鈍くなる(酸素中毒)白血球の酸素依存性の殺菌効果を発揮するには多くの酸素が必要となる。
 つまり,上皮細胞と好中球では酸素濃度が高いほうが有利であり,線維芽細胞や血管新性にとっては酸素濃度が低いほうが有利ということになる。
 だが,閉鎖環境(=低酸素状態)の方が創傷治癒も速いし,創面の細菌数も少なくなるという事実から,低酸素状態が不利に働いていないことがわかる。
 これは,上述の温度やPHの低化のすべてが閉鎖環境において成立していることを考えて,低酸素状況がもたらす上皮細胞と好中球の活動低化というデメリットを凌駕しているためと考えられる。少なくとも,閉鎖療法が提供する湿潤環境が保たれている限り,低酸素状態は創傷治癒にとって好ましいものなのだろう。


 要するに,創面に多少細菌がいたとしても,その細菌の増殖を上回るスピードで創の上皮化が起こってしまえば細菌は自然に排除されるということなのだろう。閉鎖環境がもたらす低酸素化は好中球による殺菌には不利に働くため,嫌気性菌が増殖しやすくなるように思われるが,実際にそれを裏付けるデータが全くないというのは,閉鎖環境下での創傷治癒が多少の細菌の存在など問題にしないほどのスピードで進行することを意味しているように思われる。

(2001/11/12)

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