スイス(?)の貴族の朝は「ダバダ〜♪」というメロディーと一杯のネス○フェで始まるが,外科医の病棟回診は前日に手術した患者の傷の消毒で始まる。傷を消毒するのが外科回診であるし,それが外科医の日課である。
しかし,外科医が毎日している「手術創の消毒」は実は,医学的に全く無意味な行為である。
今回はこの行為について論じてみる。
なぜ毎日,手術した傷を消毒するのか,その意味を考えたことがある外科医はいるのだろうか? 恐らく,毎朝の日常業務として,惰性的にこなしているだけではないのだろうか?
私の外科研修医時代の頃を思い出すと,「なぜ手術した傷を消毒するのか?」を説明してくれた先輩医師はいなかったし,わざわざ先輩医師に訊ねる暇もなかった。
消毒そのものは一般家庭でもしている行為のため,傷は消毒するのが当たり前,消毒して当然,と思い込んでいた。「傷と消毒」の組み合わせは,「車は左,人は右」「ご飯に味噌汁,カレーに福神漬け,刺身にワサビ」くらい当たり前の組み合わせだった。
要するに「術後の傷の消毒」は,先輩医師に命じられてしている行為であり,それが毎日続くため,何の疑問も持たずにする行為となり,やがて「しなければいけない」行為と思い込むようになった。
しかし,しつこく繰り返すが,「術後の傷」は消毒する必要なんて全くないのだ。
まず,縫合された傷の治り方(創傷治癒)の研究からすると,縫合された傷(つまり手術創)は「一時治癒」するものであり,24時間から48時間で創表面が上皮細胞で完全に覆われてしまう。つまり,手術で縫合された傷は,遅くても48時間で完全閉鎖されるのだ(縫合の巧拙で多少のずれはあるだろうが・・・)。
これは何を意味するかというと,「術後48時間以降,傷口から細菌が進入することはない」ということである。何しろ,48時間で上皮細胞がぴったりと傷口を覆ってしまうのだ(もちろん,頑丈にくっつくのはもっと先なので,傷口を開こうと思えば開いてしまうが・・・)。普通細菌は傷口から進入するが,術後48時間でこの「傷口」が閉じてしまっては,もう細菌が入り込む余地はない。
となると,手術後の傷は,消毒しようがしまいが全く関係ない,という事になってしまう。
何しろ,術後創の消毒は「傷が化膿しないように」という理由でしているのだ。それなのに,傷がぴったりと閉鎖されているのでは「傷を化膿させる細菌」が入り込む余地はない。となると当然,何のために消毒しているのかという事になり,術後の傷の消毒は全く意味を失う。
もちろん,「そうかもしれないけど,縫合している糸の脇とかから細菌が入るんじゃないの。糸の穴から細菌が入らないように消毒しているんじゃないの」と反論される人もいると思う。こういう考えは根強いものがある。要するに,傷周囲の皮膚を消毒することで無菌化し,感染を防いでいるはずだ,という考えだ。
もしもこの考えが正しく,消毒で傷周囲の皮膚を全く無菌化できたと仮定しよう。
この「消毒による無菌状態」がずっと維持されているのなら問題はない。上記のような反論をする医者は「一度消毒すると,ずっと皮膚は無菌化状態になっている」と考えているはずだ。
しかし考えてみて欲しい。皮膚には常在菌が必ずいる。毛穴の奥にまで潜んで,そこで生活している。いくら皮膚表面を消毒したところで,こういう常在菌を全滅させることはできないのだ。
事実,外科医や看護婦は手術前,長い時間をかけて消毒薬でブラッシングや手洗いをして滅菌手袋をはめるが,数十分して手袋をはずしてみると,ほとんど元通りの細菌叢に戻っていたというデータがあったはずだ。
まして,「傷の消毒」と言ったって,実際のところは消毒薬でちょっと湿らせた綿球で傷の周りとちょっとなでる程度のものであり,それが何時間にもわたって消毒効果を維持し,皮膚常在菌を完全に根絶やししているとは,到底考えられない(イソジンを完全に自然乾燥させると,1時間くらいは滅菌状態を保っていられる,というデータはあるようだが・・・)。
また手術後の傷の消毒は通常,毎朝一回しか行っていないはずだ。つまりこれは地球の自転の時間,すなわち「一日」というお天道様(そして人間)の生活(?)サイクルにあわせているだけだ。
しかし,消毒の対象となっている細菌は24時間のサイクルで分裂・増殖しているわけではない。通常の細菌の生活サイクルは24時間よりはかなり短い。つまり,人間の都合で「一日一回」の消毒をしていたところで,それ以上のスピードで細菌が増えているので,「一日一回の消毒」はそもそも全くナンセンスなのである。
このように考えると,術後の傷を「清潔操作」する意味もわからなくなってくる。通常,術後の傷は化膿しないようにということで,滅菌ピンセットで滅菌ガーゼを摘まみ,手術した傷の上に乗せているわけだが,これって本当に意味があるのだろうか?
この「滅菌したガーゼ」に患者さんの手が触れると,さも一大事のように「不潔になります!」と叱りつける医者・看護婦がいるけれど,これは正しい態度なのだろうか? たかがガーゼで,「傷を清潔に」保っておけるのだろうか?
というわけで,この清潔操作についてもその欺瞞性を論破する予定である。
(2001/10/30)