と,ここまでの説明で勘のいい人は気付かれるかもしれないが,どうも傷が感染するという現象は単に,「傷口にバイ菌が入ると化膿する」というような単純な現象ではない。もちろん,細菌がいなければ創感染はそもそも起こらないが,細菌がいれば必ず感染するわけではない。
実は,創感染にとって細菌は「必要条件」だが「十分条件」ではないのである。
皮膚や皮下組織の感染は,皮膚常在菌単独で起こすことは可能である。その場合,組織1gあたり10万個から100万個の細菌が必要とされている。つまり,皮膚常在菌単独で化膿させようとすると,とんでもない量の細菌が必要なのだ。
しかし健康人で,これほどまでに細菌が増えることはほとんどない。ということは,細菌単独で感染を引き起こすのは,予想以上に大変なことであり,ほとんど起こらない現象だといえる。
しかし,実はこれよりはるかに少ない細菌数で感染を起こすことは可能だ。
それは,創面に異物や壊死組織を混在させるだけでよい。この場合はなんと,1gあたり200個の皮膚常在菌で感染が成立するのだ。細菌単独に比べ,異物などがいっしょにあれば1/500~5,000の数の細菌で,効率よく化膿してしまう。
この場合の異物とは,縫合糸(特に絹糸)でも痂皮(カサブタ)でも,木のささくれでも血腫(皮下にたまった血液)でもよく,特に有機物系の物質だと絶好の感染源になる(ガラスなどの無機物が感染源になることはまれ)。つまり,傷口を痂皮(カサブタ)が覆っていたり,木のささくれが刺さったりしてこれを放置していると,非常に感染しやすいことになる。
ここらについて数学的(?)に表現すると次のようになる。
健康な人間の場合,皮膚や皮下組織で細菌が10万個にまで増えることはまれである。ということは,創感染(傷口が化膿する)はほとんどの場合,1. でなく 2. で起きていることになる。
ということは,創感染において悪いのは細菌だろうか? 異物・壊死組織だろうか?
例えて言うと,ごく普通の子供だったのに,転校していった先が暴走族とヤンキー君たちのたまり場で,次第に感化されてグレだしたという場合,悪いのはその子供だろうか,環境だろうか?
創感染はこれとまったく同じだ。細菌が悪いのでなく,たまたま異物や壊死組織がある環境だったため,暴れだして感染させた,というだけのことだ。
(2001/10/12)