前章で「炎症症状がなければ,感染ではない」と書いた。言い換えれば,「傷口から細菌が検出されても,炎症症状がなければ感染しているわけではない」ということになる。
つまり,傷口が細菌により化膿している状態(Infection)と,傷口に細菌がいるけれど化膿していない状態(Colonization)は厳密に区別されるものなのだが,大半の医者・看護婦はここのところを誤解しているのだ。ここのところが理解できないと,「傷は消毒しないと化膿するんだよね」なんていう誤解が生じてしまう。
まずこれを説明する。
人間にはいろんな細菌が棲みついている。例えば大腸の粘膜には大腸菌や乳酸菌が大量にいるし,同様に皮膚には表皮ブドウ球菌が生活しているし,口腔内にも極めて多くの細菌が生息している。そして,これらの細菌がいる状態が正常である。
このような「人間と共存している細菌」のことを「常在菌」と呼ぶ。
つまり,このような常在菌はいるのが当たり前であり,退治する必要はない。感染を起こしていない常在菌はいても構わないし,いなくなっては困るのだ。常在菌がいるのが「健康な」皮膚や大腸の状態なのである。
さて,傷に話を移す。創面を調べればそこには必ず細菌がいる。なぜなら,傷の周囲の皮膚(傷ついていない健全な皮膚)には必ず常在菌がいて,これが傷の中に常に入り込んでいるからだ。つまり,どんな傷だって,細菌を検出する検査を行えば,必ず周囲の皮膚にいる常在菌は検出されることになる。
傷の周囲の皮膚にとって「常在菌はいるのが当たり前」なのだから,当然の話だ。
だから,「傷口から細菌が検出された! だから傷が化膿しているんだ」と考えるのは大間違い。先ほど,「炎症の四徴候がなければ感染(化膿)はしていない」と説明したばかりだ。
つまりこれは,「創面での細菌の常在化」という現象が起きているだけなのである。これを Colonization と呼ぶ。
実際に,臨床の場で傷の状態を詳細に観察していると,「細菌は検出されるけれど,炎症症状が全くない」状態は決して珍しくはないことがわかる。特に,褥瘡(床ずれ)のような「慢性の開放創」においては,「感染症状はないけれど,常に創面から細菌が検出される」状態が続いているのが普通である。
しかし,細菌がいくらいても,それから「感染状態」に移行することは稀だし,細菌がいても治る傷は問題なく治癒する。
これらから,「細菌が常在菌化している創面」であっても「感染状態」になければ,感染症としての治療(抗生物質の投与など)は必要ないことがわかる。実際,創面から耐性ブドウ球菌(MRSA)が検出されようと,緑膿菌が検出されようと,それが感染を引き起こしているのでない限り,放置していいのである(ここらについては,後ほどさらに詳しく解説する・・・予定)。
いずれにしても,皮膚欠損創(開放創)の治療では,感染症状の有無(=炎症症状の有無)を判断し,たとえ細菌が創面から検出されてもそれが "Infection" なのか "Colonization" なのかを見極めることが重要だ。
(2001/10/11)