医療現場で最も日常的に行われているのが消毒だ。医者の第一歩は「傷を消毒」することを学ぶことから始まるし,外科病棟の一日は「傷を消毒」することで始まる。まさに病院と消毒は切っても切れない間柄だ。
だが,消毒している医者に問うてみたい。あなたは何のために消毒しているのか,どんな効果を期待して消毒しているのか・・・と。
恐らく医者からは,次のような答えが返ってくるはずだ。
しかし,本当に傷は消毒しないと化膿するのだろうか? 化膿した傷は消毒しないと治らないのだろうか?
私がまだ駆け出しの医者だった頃,なぜ手術後に手術創を消毒するのか疑問に思ったことがある。
例えば大腸癌の術後を考えてみよう。癌は切除され,大腸同士を吻合し,腹膜や腹直筋鞘,そして皮膚を縫合して手術は終了する。次の日から毎日,回診のたびに腹部の縫合創を消毒するのが日課だ。研修医ならどうやって傷を消毒するか,先輩の医者から手取り足取り,教えてもらうはずだ。
「どういう理由で傷を消毒しているのか」については一切説明はないが,多分聞いたところで「傷が化膿しないように消毒する」という答えしか返ってこなかっただろう。
しかし考えて欲しい。化膿されて怖いのはお腹を縫った傷ではなく,大腸吻合部だ。ここが化膿して傷が破れたら,お腹中,ウンコだらけ。重篤な腹膜炎が起こる。高齢者だったら命だって危ない。それほど危機的な情況になってしまう。
もしも,消毒が傷の化膿にそれほど重要であり,化膿防止に必要であれば,大腸吻合部をなぜ毎日消毒しないのだろうか? 消毒にそれほどの威力があったら,腹部の縫合部なんて放っておいて,大腸吻合部を消毒すべきだろう。それが科学的な医療ってもんだ。
もちろん,「そんな事言ったって,お腹の傷を毎日開くわけにいかないよ。大変だし非現実的だよ」,という反論も出るだろう。だが,大変だからしないと言うのは本末転倒。必要な医療行為だったらそれをするように工夫すべきだ・・・本当に必要だったら・・・。
しかも,この大腸吻合部は消毒していないだけでない。ウンコという大腸菌の塊が中を四六時中通っているのだ。つまり,ここは「消毒できない上に,大量の細菌が必ずいる」という「化膿」にとっては最悪(最善?)の状態にあるのだ。
しかし,通常の場合,大腸吻合部が感染(化膿)により縫合不全を起こすことは稀だ。つまり,消毒していないのに化膿しない。
じゃあ,消毒って何なんだ? 何のためにしているんだ?
あるいは抜歯後の消毒。歯を抜いたあと,毎日のように歯科医院に通院し,口の中を消毒してもらうはずだが,消毒している歯科医たちはこの行為に空しさを感じていないだろうか?
何しろ,口の中なんて消毒したところで,消毒液なんてすぐに唾液で流されてしまう。何となく消毒しないと不安だけど,すぐ流されてしまうのがわかっていて消毒するのはすごく馬鹿らしくないだろうか?
あるいは顔面外傷で「頬から口の中」までの長大な傷を受傷した患者がいて,苦労の末,傷を縫ったとしよう。もちろん,頬の傷は消毒できる。唇の傷も消毒できる。しかし,それがもっと奥(それこそ喉の奥まで)まで連続している場合はどうするのだろう? そこまで深い傷はどう頑張ってももう消毒できない。
この場合も,「頬は消毒できるが,口の中の奥にある傷は消毒できない」からという理由で,前者は消毒し,後者は消毒しないというのは論理的に不合理だ。
要するに上記の例でわかる通り,術後の傷は消毒しても,消毒しなくても同じように治るのだ。ということは,消毒しなくても傷は治るということを意味している。しなくていいなら止めてしまったほうがいい。そっちの方が合理的で科学的だ。
つまり,消毒という行為とそれがもたらす結果についてちょっと考えてみると,「消毒の意味」がわからなくなってくる。消毒は昔から行われている行為であるが,「昔からしているから」以外にその意味を説明できなくなってしまう。
(2001/10/09)