日々の診察室から


【血友病】

 2週間ほど前,自宅で転倒して机の角で額を切った1歳児が受診されました。とりあえず傷は小さいし,圧迫とアルゴダーム(アルギン酸塩被覆材)貼付で止血したために帰宅させましたが,自宅でまた出血したとのことで再受診。圧迫で止血しないため,局所麻酔下に強めに縫合し,止血を確認して帰宅させました。それから3日くらい異常はなかったのですが,昼寝をしている最中に出血したと言うことでまた受診。いつもうつぶせに寝ていて,額をこする癖があると言う母親の話から,物理的刺激による出血と考え,縫合止血しましたが,その後も数回,出血しては受診⇒縫合止血を繰り返しました。
 そこで安静のために小児病棟に入院してもらい,小児科の先生が「そんなわけないと思うけど,念のために」血液検査してもらったら,なんと血友病Aだったのです。道理で出血が止まらないはずです。本当はその前に気がつくべきなんですが,診察室では確かに止血できていたため,まさか凝固異常なんてないよね,と思ってしまったのです。やはり先入観は持って患者を診察してはいけない,先入観を予見を持たずに診察することが大切なんですね。勉強になりました。
 もっとも,小児科の先生によると「私も長いこと小児科の医者をしているけど,これまで診察した血友病患者はすべて大学病院などで診断が付いている患者ばかりで,全く新規の血友病患者を診断したのは初めてですよ。小児科医を10年やっても1人の患者にぶつかるかどうかでしょう」ということでした。

(2009/08/31)


【治療経過写真】

 1ヶ月ぶりに小指挫滅創の患者さんが受診されました。他の病院で「これは植皮しないと治らない」と言われ,インターネットを見て私の外来を受診・・・,といういつものパターンです。
 「仕事が忙しくて来れなかったのですが,傷の変化の様子はデジカメで撮影しておきました。ホームページなどで使ってください」と1枚のCD-Rを渡してくれました。受診できなかった1ヶ月間の傷の変化を収めたCD-Rでした。これには感激しました。

(2008/06/03)


【だから人を殺しちゃいかんのだ】

 指のケガで通院中の患者さんとの会話。

 何となく納得しちゃいました。

(2008/10/21)


【あっぱれ! 96歳!】

 上腕の表皮剥離で通院中の方に96歳9ヶ月の患者さんがいます。96歳といっても矍鑠(かくしゃく)としていて,話はしっかりしているし,足腰も丈夫そうだし,耳も普通に聞こえているし,おまけに病院に来る際は自分で車を運転してきているようです。もちろん,付き添いなんていません。いつも一人できています。
 この人に湿潤治療の説明をしたら,治療についてしっかりと理解してくれ,プラスモイストの交換も一人でやっているとのことで,週1,2回の通院になりました。「年をとるとどうしても人の世話になることがあるけど,自分でできることは自分でやらなきゃ駄目だよ」,とニコニコして話していらっしゃるのです。あっぱれな96歳です。

(2008/08/06)


【先生って何科なの?】

 こう質問されることが多くなりました。一応「形成外科」なんですが,患者さんにとっては不思議でしょうし,自分でも説明するのがちょっと大変。
 顔の怪我やヤケドの治療をしているから形成外科かというと美容の手術は一切しないし,なぜかトビヒの患者が多いし,市内の皮膚科医院で全然治らない湿疹やアトピー性皮膚炎を治したりするし,それなら皮膚科の医者なのかと思うと,水虫の患者に対しては「水虫かどうかはよくわからないから皮膚科の病院を受診してね」と説明するし・・・という具合だからです。

 今後私のような治療をする医者が増えてきて,やけどの治療は内科でも小児科でもやっているし,トビヒやなかなか治らない湿疹は,この町では皮膚科医院でなくあそこの心療内科の先生が名医だよ,なんてことになるわけです。実際,以前から湿潤治療を行っている泌尿器科の開業医の先生から,「最近増えている新患は,なぜかヤケドとケガの患者さんです」なんて連絡をいただいています。

 現時点では「湿潤治療ってのをやっている医者なんですよ」って言うしかないんだけど,湿潤治療自体がまだまだ知られていないし,しばらくは「先生は何科なの?」という質問に対しては,笑って誤魔化す日々が続きそうです。

(2008/07/29)


【6年間,あらゆる治療に反応しなかった広範囲湿疹,治るか?】

 6年間,各地の皮膚科医に通院した両下肢を中心とした慢性湿疹がプラスモイスト貼付のみで数日で改善傾向です。どの皮膚科(開業医あり,病院の皮膚科あり)でも,「これは治らない」,「命に別状はないのだからあきらめるように」といわれ,入浴すると悪くなるから風呂に入らないように指導されたために6年間入浴できず,ありとあらゆるステロイド軟膏が試され,ありとあらゆる痒み止め軟膏と内服薬が試されたのに一向に効かなかった患者さんです。
 この患者さんはこれまでさまざまな病院を受診し,そのたびに「これほど治らないとしたら内臓に何か異常があるのではないか」ということで胆のうポリープがあったので胆嚢を摘出され,歯に原因があるはずだということで歯科ですべての歯を治し,それでも治らないということで見放された状態になり,私の外来を受診した時点では抗アレルギー剤のアレグラのみが処方されていました。

 多分,皮膚科のお医者様たちは「慢性湿疹だから皮膚科疾患,皮膚科疾患だから皮膚科の治療でないと治らない」と考えて軟膏を処方するだけで,その軟膏が効かなければ別の種類の軟膏に変えるだけだったのでしょう。皮膚科疾患だから軟膏治療しか方法がないと考えたのでしょう。
 そして,軟膏治療がどれも効かないとなると「これほど治療をしても治らないのは患者が悪いからだ。患者の体のどこかに原因があるはずだ」と考えて,ついには胆のうポリープまで見つけ,摘出したのでしょう。それが原因であろうとなかろうと・・・。要するに「治療が悪いわけがない。それなのに治らないとしたら患者が悪い」という発想です。
 いかにもありがちな思考ですが,どこかに落とし穴はないでしょうか。何か見逃していないでしょうか。

 一つだけ見逃している考え方があります。「治療が悪い,皮膚科的治療の発想が悪い」です。つまり,「患者が悪いのでなく,自分の治療が悪い」という可能性を見逃しています。もちろん,このような発想は皮膚科医である自分の存在そのものを否定しかねないものですが,患者が悪いから治らないと考えるよりははるかに健全で論理的じゃないかと思います。
 そしてもちろん,これは皮膚科に限ったものではなく,内科でも外科でも整形外科でも形成外科にもある落とし穴です。外科だから手術で治療,形成外科だから皮弁手術か遊離皮弁と,特定の治療手技にこだわってしまいがちです。

 そういえば,「褥瘡治療には栄養管理」というのも同じ発想です。「褥瘡には栄養管理」と言い出した偉い先生は,〔褥瘡治療の専門家であるわたしがこれほど治療をしているのに治らないのはおかしい〕⇒〔治らないのは患者が悪いからだ〕⇒〔何か見逃しているものはないか〕⇒〔栄養不良だ!〕と考え付いたのでしょう。名探偵コナンはコナンが犯人でないことを前提にしているからコナン以外の登場人物が犯人です。それと同じで,この偉い先生がしている治療以外の誰かが犯人なのです。
 しかし,この「どうしても治らない褥瘡」は簡単に改善します。褥瘡治療担当の主治医を変えることです。

(2008/07/28)


【アメリカ人がいればそこはアメリカだ!】

 両側足底の水疱症の患者さんがいます。類天疱瘡ではないかと内科の先生が考え,私のところに来たんでとりあえず水疱を潰してプラスモイストを張っておきました。でも,念のために皮膚科の先生にも診てもらおうかなと内科主治医が考え,某病院皮膚科に紹介したところ,返ってきた答えが「水泡が潰れたところを検鏡したら白癬菌が見つかりましたので,白癬症と考えられます」なんですよ。でも,患者さんは「水虫って言われたんですけど,これって水虫じゃないですよね。第一,水泡を破ってもらったところは昨日のうちにきれいに治っているし・・・」って不思議そうな顔をしているし,内科主治医もこの返事を見て呆れています。実際,白癬菌が検出された部分はきれいにツルンと上皮化していて,白癬菌をどこから見つけたんだろうという感じです。

 そこで思いついたのが,「アメリカ人がいればそこはアメリカだ」というフレーズです。本来なら「アメリカとは何か?」という定義がきちんとあったのに,いつの間にか,「アメリカ人がいるところがアメリカ」と定義が変化しちゃったのです。だから,京都もアメリカ人がいるからアメリカ,マダガスカルにもアメリカ人がいたらアメリカ,南極もロシアも中国もアメリカ。
 それと同じで,本来なら「細菌感染創とは細菌による炎症症状が認められる創面」だったのに,いつの間にか「細菌が見つかれば細菌感染創」になっちゃった。その延長線上が「白癬菌が検出されたから白癬症です」という診断になるわけです。
 それにしても,「白癬菌が見つかったから白癬症です」ってのはかなり短絡的だよね。何しろ,炎症症状そのものがないわけだし,どこが「感染症」なんだか・・・。

(2008/07/24)


【写真を撮って欲しい】

 昨日,一人の患者さんが見えられました。次の写真のように母指背側の爪甲・爪床損傷の患者さんで,受傷日は今年の2月26日。3月下旬まで治療をしていて,爪床はきれいに上皮化したのですが,その後,病院の引越しのための外来閉鎖と重なってしまったため,「もう通院しなくていいからね」と治療終了になっていた患者さんです。


 その患者さんが1ヶ月ぶりに受診されて,「きれいに治ったから写真を撮って欲しい」というのです。
「古い病院で治療をしてくれたときに何度も写真を撮っていたから治療の研究をしているんだろうなって思っていたんですよ。だから,研究のために治った写真が必要だろうと思ってね。ほら,びっくりするくらいきれいに治ったよ。指を助けてもらったお礼です。」
と言うじゃありませんか。感謝感激で写真を撮らせていただきました。
 さて,この,一部で骨が露出していた爪床欠損創で爪はどう生えてくるでしょうか。変形した爪が生えてくるんでしょうか。あるいは,爪甲の中央部が浮いた形になるんでしょうか。短い爪が生えてくるのでしょうか。
 実は答えはどれでもありません。
驚くべき経過写真は後日,公開しますね

(2008/05/30)


 【人間,死ぬまで勉強だ】

 86歳のおじいちゃんが顔と手を擦りむいて外来受診。湿潤治療と消毒が不要であることを十分に説明し,翌日,受診していただきましたが,診察室に入ってくるなり「治療についてよくわかったよ。理に適っているっていうか,わかりやすくていいね。消毒しなければいけないという常識に囚われていてはいかんということだな。長生きするもんだね,この年になってまた新しいことを覚えられたよ。人間死ぬまで勉強って言うけど,今回は怪我をしたおかげで,いい勉強になりました。周りの人にも教えて回っているよ」とおっしゃられました。
 それにしても86歳ですよ。私もあと35年で86歳ですが,35年後にこのおじいちゃんみたいに「人間,死ぬまで勉強だよ」って笑って言えるかって問われたら,全然自信がないです。

(2008/05/21)


 【暴風雨のさなか,救いのタクシーが!】

 5月20日朝,関東地方は朝から激しい雨でした。茨城県も台風のような風と雨で,私は傘を差して病院に向かっていたわけです。水はけの悪い道路は水溜りというより池みたいに水を湛えています。病院はアパートから歩いて10分もかからない位置にありますが,さすがにこの悪天候だと道のりが長く感じられます。
 そうしたら,一台のタクシーが私の隣で突然止まり,ドアが開いたかと思ったらおばあちゃんが「先生でしょう? 乗りなさいよ」って言ってるじゃないですか。見覚えがないおばあちゃんなのですが,とりあえず渡りに船ですからタクシーに乗り込みました。なんでも,これから石岡第一病院の内科の診察を受けるんだそうですが,一度,私の外来で怪我の治療を受けたことがあったそうです。「こんなことでもないと,恩返しができないじゃない。先生だと思ったら,嬉しくなっちゃって車を止めてもらったんですよ」ということでした。
 それにしてもこの日の私の格好は,ジーンズとデニムのシャツといういでたちで,おまけに激しい雨で傘を深く差していたわけですから,よくぞ私だとわかったなぁ,と驚いてしまいます。
 石岡は茨城の田舎ですが,出会う人が皆,このおばあちゃんのような性格のいい人ばかりで嬉しくなってしまいます。

(2008/05/21)


 【熱傷後肥厚性瘢痕拘縮を久しく見ていない】

 「足を熱いお湯でヤケドし,近くの病院で見てもらっているが,傷が盛り上がってきた。何とかならないでしょうか」と受診された患者さんがいらっしゃったが,そういえばここ何年も,このような肥厚性瘢痕を見ていないことに気がついた。この症例でもわかるように,3度熱傷を保存的に数ヶ月かけて上皮化させた症例でも肥厚性瘢痕は発生していないからだ。

 ということは,熱傷の湿潤治療が一般的になったら,「熱傷後肥厚性瘢痕」という病名は姿を消すんじゃないだろうか。そしていつの日にか,「熱傷後肥厚性瘢痕は,消毒と軟膏ガーゼで熱傷を治療していた時代に特有の合併症」と教科書に記載されることになるのだろうと思う。

(2008/05/12)


 【ばね指ってのは,電車とトンネルなんだ】

 ばね指(狭窄性腱鞘炎)の病態の説明,皆様,どのようにしていますか? 私は「電車とトンネル」を例にして説明しています。これがすごくわかりやすいと,局地的にうけています。よろしかったら,パクって下さい。以下,私の説明法です。

 指が動くのは指を動かす電車が骨を押したり引いたりするからです。電車の端が骨にくっついていて行き来しているわけです。
 そしてこの電車はトンネルの中を走っています。トンネルの中を出たり入ったりしているわけね。この電車のことを「腱」,トンネルのことを「腱鞘」といいます。

 さて,指を使いすぎたりするのは,トンネルの中を電車が頻繁に出入りすることになります。電車とトンネルはぴったりサイズなんで,トンネルの入り口で電車がこすれたりします。これが続くと,トンネルが腫れて狭くなってきます。それでも無理に指を使うと,さらに電車はトンネルとこすれてしまい,トンネルは一層腫れてきます。これが腱鞘炎です。
 これがひどくなると,腫れたトンネルに電車が入れなくなったり,戻れなくなったりします。これが「指を伸ばそうとしても伸ばせない,指を伸ばしてしまうと曲げられない」ということになり,これがあなたの「ばね指」です。

 では,ばね指になってしまったらどうしたらいいでしょうか。方法は三つしかありません。

  1. 電車を一旦止める方法。こうすれば,トンネル(=腱鞘)の腫れは次第になくなり,やがて電車はトンネルを通れるようになります。ただし,トンネルの腫れが引けるまでに時間がかかるし,電車が走れない(=指をつかえない)のが欠点です。
  2. トンネルに腫れを引かせる薬を注射する方法。これは最初の方法よりは効果は早く出ますが,トンネルに確実に薬を入れるのにテクニックが必要です。また,トンネルがまた狭くなることがあります。
  3. トンネルの拡張工事。これが腱鞘切開術で,トンネルの天井を広げる手術をします。こうすれば電車は簡単に通れるようになりますし,再度トンネルが狭くなることはありません。ただし,局所麻酔の手術が必要です。

 さて,どうしましょうか?

(2008/04/24)


 【4歳児からの御指名】

 昨日の外来で一番嬉しかったこと。

 昨年,下肢の熱傷で治療をした4歳になったばかりの女の子がいるんですが,自宅で遊んでいて大腿部をひどく擦りむいちゃったそうです。慌ててお母さんが駆け寄って傷の様子を見ようとしたら,「ママ,見ちゃ駄目。夏井先生のところに行って治してもらうから,早く病院に連れて行って!」と言ったそうです。半年前の治療のことを覚えていてくれたらしいです。
 診察室の外側では泣いていましたが,外来に入って私たちの顔を確認したら泣き止んでくれました。で,アルゴダーム(アルギン酸塩被覆材)を貼付してフィルム材で密封。もう痛くないよ,とニコニコして帰宅。

 4歳児からの御指名,ちょっといい気分でした。

(2008/04/17)


 【植皮した皮膚は30年たてばきれいになる・・・っていわれてもなぁ】

 確か,2004年の大阪皮膚科医会での出来事だと思うけど,講演後の質疑応答で,植皮にメリットがないというのはおかしい,と執拗に咬みついてこられた60代くらいの皮膚科の先生がいらっしゃいました。この先生によると,

先生(=私のことね)は移植した皮膚は醜く,患者にとっては苦痛だといったが,これはおかしい。なぜなら,30年以上見ていると,最初は醜いように見えても目立たなく事を見ているからだ。あなたは30年も見ていないだろう。30年たてば目立たなくなるのだから問題ない。皮膚採取部も同じで,30年もすればわからなくなるから問題ではない。
というのが彼の主張。この老先生は植皮擁護のためにさまざまなイチャモンをつけてきたものの「聞く耳持たず」のため,全く議論にならず,座長の先生も困り果てていました。この時は,他にもあまりに質問(というか,言いがかり)が多かったので,この質問に対しては答えませんでしたが,今ならこの老先生にこう問い返すでしょう。
ではあなたは,15歳の少女に「君が40歳か50歳になれば植皮した皮膚は目立たなくなるのだから,気にする方がおかしい。それまでは傷が目立つが50歳頃にはきれいになるから我慢しなさい」と言えるのですか?
 このお医者様は,15歳の患者さんに「30年たてばきれいになるから,気にするな」と今でも説得し,植皮すべきだと説明しているのでしょうが,これは単なる医者の都合の押し付けであり,これほど残酷な言葉はないし,冷酷な考え方はないと思います。
 治療を優先し,治療結果(=植皮の成功率とか,入院期間の短さとか)だけを論じるなら,こういう医者の論理は通じるかもしれません。しかし,患者の立場に立つのであれば,「30年後によくなるのだから,それまでの30年間我慢するのは当たり前だ」という考えは絶対に出てこないはずです。

 治療法に疑問を持たずに治療していると,こういう馬鹿になります。唾棄すべき愚かな医者になります。

(2008/04/15)


 【炎症の四徴候】

 炎症の有無といえば「炎症の四徴候」,つまり,発赤,腫脹,局所熱感,疼痛です。この4つは臨床所見としては同等ではありません。最も鋭敏に炎症の変化を教えてくれるのは疼痛です。疼痛がなくなれば治療の方向性は正しく,疼痛が残っていれば治療は正しくなく,何かを見逃していることを教えてくれます。

 例えば,皮下膿瘍の患者さんがいたとします。局所は赤く腫れあがり,触るとすごい痛みだし,温度もその部分だけ明らかに高いです。そして膿瘍を切開し,ドレーンを挿入し,翌日受診してもらいます。
 翌日,痛みがなくなっていれば治療は成功です。この時,局所の発赤はまだ残っていますし,腫脹も完全には消えていません。局所熱感の有無もなんだかよくわかりません。しかし,疼痛だけは完全に消えています。「最も鋭敏」とはこういうことです。

 逆に言えば,発赤の有無だけで炎症は判断できないということになります。「発赤があるから炎症症状あり,だから抗生剤を続けよう」と判断するのは間違いです。ここは「発赤はまだあるが,痛みがなくなったから炎症症状はなくなった。だから抗生剤はもう不要」と考えなければいけません。
 発赤が臨床所見として意味があるのは,昨日の発赤の色調,発赤の範囲と比べてどう変化しているか,ということです。つまり,発赤のベクトルがどの方向に向いているかが重要であって,発赤の有無自体にはさほど意味はありません。

 ちなみに,膿瘍のような急性炎症の治療ではCRPは全く意味を持ちません。反応のスピードが遅すぎて,指標としては信頼性がありません。

 さらに言えば,皮下膿瘍や蜂窩織炎に対して抗生剤を投与したが翌日になっても痛みが残っている,という場合には,「もうちょっと抗生物質を続けましょう」という選択枝は間違っています。抗生剤が有効なら翌日には痛みはなくなっているはずです。しかし,3日抗生剤を点滴しても痛みが残っているのであれば,その抗生剤は効いていません。3日投与しても効いていない抗生剤が,追加の3日投与で効く抗生剤に変化するなんてことはありません。
 このような場合には,抗生剤の種類を変えるか,異なった治療法(例:切開とか)に変更すべきです。

(2008/04/09)


 【局所麻酔をしないで膿瘍切開!】

 いるんですよね,こういう馬鹿医者。麻酔しないで皮膚を切ったら痛いってことを知らないらしいのですから,医療の素人より無知です。さらに豪傑医者になると,「化膿していると麻酔の注射が効かないから,麻酔の注射をしても無駄」と説明して,無麻酔で切開する医者もいます。無麻酔で切開なんて19世紀のお医者様としか思えません。ここまで来ると能無し医者レベルじゃないでしょうか。
 また,麻酔の注射が全然効かない,麻酔の注射をしてもらったはずなのに切ったら痛かった,という患者さんも少なくないです。

 なぜ,局所麻酔をしたのに痛いのか,私には想像もつきません。局所麻酔は必ず効くからです。私はこれまで数え切れないほどの局所麻酔をしてきましたが,聞かなかったという例は皆無です。一例もありません。
 局所麻酔が効かずに痛かったのが事実だとすると,理由としては次のような場合しか思いつきません。

  1. 局所麻酔薬がきちんと皮下や皮内に入っていない。
  2. 局所麻酔薬が膿瘍内,アテロームの内部に入ってしまった。
  3. 局所麻酔薬以外のものを(間違って)注射した。
  4. 切開予定部位と違う部位を局所麻酔した。
  5. 局所麻酔をした部位以外のところを切開した。

 「感染している膿瘍切開は無麻酔で行うのが正しい」と信じているお医者様からの反論・異論を心よりお待ち申し上げております。

(2008/04/08)


【下腿低温熱傷潰瘍を切除縫縮された患者さんがどうなったか】

 下腿の湯たんぽによる低温熱傷の患者さんが受診しました。当初,皮膚科医院に通院し,なかなか治らないために某病院の形成外科を(紹介されて?)受診したそうです。そこで形成外科医は「これはこのままでは治らない。切り取って縫ってしまえば治る」と説明し,熱傷潰瘍の切除術を行ったようです。

 その結果どうなったか。患部は真っ赤に腫れあがって熱を持ち,痛みで歩けなくなりました。そこで,私の治療のことを親戚から聞き受診しました。


 直ちに全抜糸して
プラスモイストを貼付。抜糸直後から楽になり,痛みはなくなって普通に歩けるようになりましたとさ。

 切除縫縮は形成外科医が日常的に行う治療ですが,この例にように下腿では両刃の刃です。もともと潰瘍の部分だけ皮膚が欠損しているのに,さらに潰瘍周囲の皮膚を切除してから縫縮するわけですから,無理矢理押し込められた軟部組織は外に飛び出そうとするし,その圧力を受ける皮膚には大きな張力が働きます。皮膚が勝つか,軟部組織が勝つかでその後に何が生じるかが決まります。

 さらに今回の例は低温熱傷ですから創周囲の皮下は蜂窩織炎だった可能性もあります。これで縫縮して,感染を起こすなというほうが無理です。
 さらに,最初の熱傷潰瘍は直径2センチ足らずだったそうですが,切除縫縮のためにキズの長さが9センチになるというオマケつき! だから,縫縮は最善の方法ではありません。

 では,植皮ではどうか。これも,下腿だから入院が必要だろうし,体のほかの部分にも傷が残ります。
 一方,湿潤治療で治療すれば,数ヶ月かかっても仕事は普通にできるし,体のほかの部位に傷を付けることもありません。

 患者さんにとって何がベストの治療なのか,早く治すのが患者さんにとって最善なのか,いろいろ考えさせた症例です。いずれにしても,手術しか能のない形成外科医は患者にとって迷惑なだけの存在ではないかと思う。

(2008/04/07)


【難治性乳児湿疹が1日で治った】

 生後7ヶ月の乳児です。生後2ヶ月目から四肢と顔面全体に湿疹が発生。さまざまな小児科,市内の皮膚科,近隣の総合病院などを受診してさまざまな軟膏や内服薬を処方されても治らず,かえってひどくなるばかり。インターネットで乳児湿疹の治療で評判の東京都内の病院も受診しましたが,全くよくならず,途方にくれていたそうです。
 たまたま,当院の小児科を別の疾患で受診し,当科に紹介されました。両上肢,両下肢のかなりの部分,そして顔面全体が赤く,滲出液が出ていて,とても痒がっていました。
 こんなの見たこともありませんし,もちろん,治療経験もなし。で,「有名な小児科の先生も皮膚科の先生も治せないのだから,悪くなってもうらまないでね」と,湿潤治療について説明した後にプラスモイストを四肢に貼付し,顔面に丹念に白色ワセリンを塗布。

 翌日受診してもらったら,四肢の滲出液はほとんどなくなり,かなり上皮化していました。顔もまだ赤いものの皮膚はきれいになっていました。10日観察していますが,四肢はほぼ上皮化しています。

 ちなみに,湿疹が発生する前に石鹸を弱酸性ビオレに替えた時期に一致しているかも・・・ということです。

(2008/04/07)


 【コレステロールは高いほうが長寿】

 【「コレステロール値、低いと危険」富山大調査で死亡率高め】という記事がありましたね。17万人を対象としたコーホート・スタディーでわかったようです。おまけに,「悪玉コレステロール」と悪者扱いされてきたLDLコレステロール値についても,低い人の方が死亡率が高い傾向だったらしいです。

 「善玉を増やして悪玉を減らせば健康な体になる」という幻想が世の中に蔓延していますが,そういう単純なものではないということなんでしょう。LDLコレステロールについては全く知識はありませんが,ある部分では確かに動脈硬化を起こしているけれど,別の部分では他の疾患の発症を抑える因子として働いている・・・なんてことがあるんでしょうか。

 これは「バタフライ効果」みたいなもので,色々な物質,現象が相互ネットワークで互いに影響しあっているシステムでは,一つのものを意図的に増減すると予想もつかない部分に予想外の現象が起きる,ということはありうることです。つまり,短期的には予想した効果が得られたのに,長期的にはそのメリットを打ち消すような副作用が生じることもあるんでしょうね。

(2008/03/31)


 【MRSA院内感染率は全入院患者のスクリーニングでも低下しない】

  ケアネットのサイトに【MRSA院内感染率は全入院患者のスクリーニングでも低下しない】という興味深い記事が紹介されていた。手間暇かけ,膨大な労力を使っても,MRSA院内感染は減らないという報告だ。
 ま,当然でしょう。「MRSA撲滅!」という方向性そのものが間違っているからだ。MRSAとはどういう細菌かを知っていれば,こういう無駄なスクリーニングをしようなんて考えるはずがない。

(2008/03/26)


 【褥瘡を治すことに意味があるのか?】

 先日,脊損で坐骨結節褥瘡の患者さんが受診されました。褥瘡ができてからずっと安静のために入院生活を続けられていたようです。
 「褥瘡治療のために治療が必要で,そのために入院が必要」というのは一見当たり前のようですが,褥瘡があっても普通に日常生活を送れるし,褥瘡があっても普通に仕事ができるのですから,この入院は不要だったと考えます。要するに,「褥瘡は治さないといけない」と考える主治医が入院を強制したと考えることができます。
 しかし,褥瘡があっても問題ない,褥瘡と共存すれば普通に生活できるよ,とこの患者さんに説明する医者が一人でもいたら,とっくの昔に退院できたし,社会復帰もできたはずです。

 このように,「褥瘡が治らないと退院できない」という理由で入院生活を強いる医者はそこらに沢山います・・・というか,そういう褥瘡治療の専門家だらけです。しかし,患者さんの側に立ってみると,こういう医者は患者さんの大切な時間を奪っていると言えないでしょうか。仕事をする場を奪い,社会で普通に生活する機械を奪っています。
 脊損という根本原因が治らない限り,いくら褥瘡を治しても再発するのですから,褥瘡治療のために入院を強いたり,手術を強いるのは愚の骨頂です。
 「根本原因(=脊損)を治療できない場合には,個々の症状(=坐骨部褥瘡)に対しては対処療法しかない」のは医学の常識ですが,なぜか日本褥瘡学会のお偉方もWOCナースも,褥瘡という個々の症状を治すことを最大の目的にしています。根本原因を除去できなければ,個々の部分症状は治しても再発する」ということに気がつかないんでしょうか。

 褥瘡治療により患者さんは何を得るのか,その治療により患者さんは何を失うのかを,褥瘡が治ることで患者さんは何を得るのか,褥瘡を治すために何が犠牲になるのか,褥瘡治療に携わる医者も看護師も真摯に考えるべきではないでしょうか。

(2008/03/25)


 【ばね指手術に鼻鏡が有用】

 ちょっとした手術のTipsです。ばね指手術の術野展開に鼻鏡がとても有用です。腱鞘上まで剥離したら鼻鏡を突っ込んで開くと腱鞘が露出し,指神経は左右に鼻鏡に押しのけられるため,指神経を傷つける危険性がなくなります。あとは助手に患者さんの指をピンと伸ばしてもらうと簡単に腱鞘切開できます。

(2008/03/06)


 【大転子部褥瘡は頚部骨折だった!】

 大昔に経験したある褥創症例の思い出です。
 認知症(当時はまだ痴呆と呼んでいましたね)があり大転子部の褥瘡がひどいために内科に紹介されて入院となった患者さんで,すぐに私が呼ばれました。黒色壊死を切除し,当時はまだカデックス軟膏を使っていたのでそれを塗布しました。しかし,連日,大量にカデックスを塗布しているのに悪臭は消えません。膿の量も性状も初日と変化なし。また,患者さんは体位交換のたびに顔をしかめたりうなり声を上げていました。

 そして10日ほど経ったある日,大腿の肢位が変なことに気付き,恐る恐る触ってみると大腿部が骨盤と連動していないのです。すぐにレントゲン写真を撮ると,なんと大腿骨頚部骨折でした。そこで局所麻酔をしながら創を広げ,遊離している大腿骨骨頭を局所麻酔下に摘出しました。まさかベッドサイドで大腿骨部分切除することになろうとはと,形成外科医が目にすることが滅多にない大腿骨骨頭を手にして,しばし呆然としたことを覚えています。

 この患者さんの病態を後から考えると,次のような状況だったと考えられました。

  1. 大腿骨頚部骨折がいつかの時点で起きた・・・が,家族は気がつかなかった。
  2. 骨折部が痛くて動けなくなった。
  3. 骨折側の大転子部に褥瘡ができた。
  4. 褥創で入院したために「寝たきりで痴呆の高齢者によくある大転子部褥創」と皆考え,その他の病気については誰も可能性を考えなかった。
  5. 体位交換で唸っていても,それが痛みのためと考えてしまった。
 ちなみに,大腿骨骨頭切除術(?)を受けた後,患者さんは痛みを訴えることもなくなり,褥創もあっけなく治癒しました。どうやら,褥創ではなく,「大腿骨骨折⇒褥創が深くなる⇒骨折面と創面が連絡⇒骨髄炎⇒難治性潰瘍」という潰瘍だったと考えられます。

 患者さんをよく診察しろ,丁寧に触診しろ,五感を働かせろ,想像力を働かせろ,もっと脳味噌をつかえ,ということをこの患者さんから教えてもらいました。
 医者の最良の教師は患者です。治療がいいか悪いかは,患者さん(あるいは傷)が教えてくれます。目の前の患者を見ろ,先入観を持たずに観察せよ,思い込みを極力排除せよ,患者の訴えは些細なものでも無視するな・・・ということをつくづく思い知らされた症例でした。

(2008/03/04)


 【医者が感動する治療】

 以前,医療マネジメント学会で「患者様に感動される医療とは」というシンポジウムがあり,ちょっと話したことがあります。その時はまだ明瞭に意識していませんでしたが,現在ではこう考えています。「医療者側が感動する治療をすれば,その感動は自然に患者さんに伝わる」・・・と。
 私は現在の治療を始めて10年ほど経ちますし,一日数十人の外傷患者さんを診ていますが,傷が治る様子を見ると今でも感動します。なんて人間の体ってすごいんだろう,なんてきれいに治るんだろう,あんなに深かった傷が何でこんなに早く平らになっちゃうんだろうと,10年経っても驚きの連続で新鮮です。患者さんから感動させてもらっているし,毎日の診療が発見の連続ですから,治療が楽しくてたまりません。こういう治療に出会えて,本当によかったです。

(2008/02/18)


 【割り箸が脳に刺さった!】

 「遺族への損害賠償認めず 割りばし死亡事故 東京地裁」。この事件について常識的でまともな判断が下され,喜ばしい限りだ。この事件に関する限り,御両親の訴えは的外れであり,訴えられた医師に過失はないと思っている。割り箸を咥えて走り回っている子供がいたら,同様の事故は必ず起こる。そして,割り箸が脳味噌に刺さったらその子は100%死ぬ。どんな治療をしようと検査をしようと,子供は100%死ぬ。
 もしも,同様の事故で子供を死なせたくなかったら,割り箸を咥えて走る子供を叱りとばして,泣かせてもいいからわたあめを取り上げるしかないのだ。

 以下は,私がかつて作っていたピアノサイトのエッセイ欄で,事件発生直後の1997年7月14日に書いたものだ。それから10年を経た現在でも,基本的な考えは変わっていないので,当時の文章を再掲する。

 縁日のわたあめを食べていた4歳の子供が転倒し,わたあめの割り箸が突き刺さり,命を失うと言う悲惨な出来事が起きた。この事故では,受傷直後に杏林大学付属病院を受診し,「異常なし」とされて帰宅し,翌朝に容態が急変した。そのため,マスコミの報道はどうしても,救急外来で診察した医師の手落ちではないか,というものになる。実際,「救急当番医が正しい診断を下し,迅速に治療をしていれば助けられた命なのに,それを怠ったばかりにいたいけな子供が死んでしまった」と言う主張ばかり紙面に並んでいる。
 だが,この論調は正しいのだろうか。一つ一つ検証してみよう。

 まず,予見義務について。
 これを問うのは無理である。何しろ,口に物を咥えて転倒し,それが脳味噌に刺さるという事故は恐らく前代未聞であり,どんな論文にも教科書にも書かれていないはずだ。起こったことがない極めて特異な事故である。これを予見しろと問うほうが無理である。この事件以後なら予見義務が生じるかもしれないが,この事件に関しては予見することは医学的に不可能だ。

 次に,死と言う転帰。
 医学常識的に考えて,この子供は残念ながら,万全を尽くしたとしても死は免れなかったろうと思う。死亡率は100%である。超早期から治療(・・・と言っても抗生物質の点滴くらいしか手はないと思うが)を行ったとしても,やがて脳に起こるであろう感染症,そして死は必ず訪れる。死の時期を多少遅らせることは可能だと思うが,助けることは不可能だ。
 口腔内はきわめて汚い環境である。ばい菌だらけである。しかも口に咥えていたのは,木の棒だ。これが脳に突き刺さったわけだ。木の棒が生体に突き刺さればそれを抜いても中にササクレが残ってしまう。要するに,ばい菌と感染源が揃っているわけだ。これでは感染は必ず起こる。従って,どんな治療をしても救命は不可能。
 要するにこの子供の脳の状態は,交通事故で頭蓋骨が割れ,脳味噌が飛び出し,そこに木が刺さっているのと同じだ。この状態になったら,助ける手段はない。従って,治療をしなかったから子供が死んだという因果関係はない。

 次に診断について。
 断言するが,今回の場合,脳に損傷があったかどうかを診断するのはほぼ不可能だろうと思う。転んで口に咥えた棒が脳に刺さっている,というのは常識的には考えにくい。
 医学における診断は,各種の所見を組み合わせ,最も確率の高い疾患から順に思い描き,消去してゆく作業である。割り箸のような太いものが,頭蓋骨と脊椎の間の狭い隙間を通って,脳に損傷を及ぼすことは医学の常識からはまず考え付かない。そして,CTなどの検査を行っても必ず死ぬし,検査しなくても死ぬ。

 4歳の子供を突然失った両親の悲しみは,痛いほどわかる。私だって,同じ立場に置かれたら,誰かを恨まずにはいられないだろう。しかし,だからといって救急室で診察した医者を訴えるのはお門違いである。この当直医はベストの医療行為をしなかったかもしれないが,医学常識から見て特に不当というわけでも手抜きというわけでもないのである。
 「子供が死んだのだから,誰かが責任を取らなければいけない」という論理を認めたら,それこそ,わたあめを売った露天商の責任,わたあめの割り箸を作った業者の責任,そもそも祭りを行った市の責任・・・ということになってしまう。これは明らかにおかしい。
 もしも今回の事故で子供の死の責任を問うとしたら,口に鋭いものを咥えて走り回っている子供を叱りつけず,わたあめを取り上げなかった親にあると思う。物を口に咥えて走ったら危ない,というのは幼い子供を持つ親の常識であり,医学以前の問題である。

(2008/02/13)


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