【はじめに】
病院内の手洗い用に頻用されているのが速乾性手指消毒薬のベルコムローション(R)である。私の勤務している病院の全病室の入り口にはこれが置かれている。添付文書はこの通りである。消毒薬の0.2%塩化ベンザルコニウムとエタノールが配合されていて,洗ったあと短時間で乾燥するため,全国の病院で広く使われていると思う。
また,新生児の皮膚にも安全といわれていて,この方面でも使われているようだ。
このベルコムローションが本当に皮膚に安全なものなのか,自分の皮膚で実験してみて,その結果から皮膚への影響を考察した。
【目的】
ベルコムローションが手の油分に対してどのように作用するのかを調べる。
【Material and Method】
ワセリンを全体に塗布した自分の手で,半分をベルコムローションで10秒間洗い,どれくらい油分が落ちるかを確かめる。
【結果】
白色ワセリン・ワックスがけが終了し,手を洗ったところ。ワセリンの皮膜が水を完璧にはじいていることがわかる。
指の部分だけローションで洗ったあとの状態。手掌には小さな丸い水滴が付着し,水をはじいていることがわかるが,指遠位部にはこの水滴がなく,一様に濡れている。
手掌,手背の尺側と環指,小指のみをローションで手洗いしたあとの状態。手掌〜手背橈側,母指〜中指には小さな水滴が付着して水がはじかれているが,尺側部分には水滴は付着しておらず,一様にぬれている。
【考察】
ご存知のように皮膚についたワセリンを完全に落とすには,石鹸やハンドソープでかなり念入りに洗わないと落ちない。ワセリンが簡単に落ちるようであれば,皮膚表面の成分も洗い落としていると推論できるはずだが,ベルコムローションで洗うと10秒程度の洗浄で,ワセリンが完全に落ちることが確認された。
ホモサピエンスという生物が単独では生存できないこと,人間は皮膚や腸管の常在菌との共生体であること,常在菌があってこそ人間が生存できることは20世紀後半に明らかにされた概念だ。人間の皮膚は多種類の常在菌が協力し合って生存している生態系であり,この生態系こそが外来菌の侵入を防いでいる砦である。
もしも人間が常在菌なしに外来菌の侵入を防ぐとしたらどうなるだろうか。恐らく,絶え間ない外来菌の侵入に対応するために,免疫系は常に戦闘状態に置かれ,エネルギーの多くがこれに消費されてしまうだろう。何しろこの地球は細菌の王国なのだ。
だからこそ,細菌が支配した後に地球に登場した真核生物は,細菌と共生することで生存する道を選んだのだろう。自前の免疫機構だけで,この地球を支配している細菌に対抗するのは土台無理な話なのだ。
であれば,皮膚には常在菌に棲んでもらってそれ以外の細菌が侵入するのを防いでもらった方が効率的だし,そのために人間は常在菌に住処(=皮膚)と食料(=皮脂)を提供したのだろう。何しろ皮脂は,人間にとっては排泄物みたいなものだから,これを食料にしてくれるなら,感染防御に人間側が消費するエネルギーは最小限で済む。つまり,費用対効果で言えば,皮膚常在菌による感染防御システムは最も効率がいいのだ。
従って,ベルコムローションのような「皮膚の脂分(=皮脂)を除去する」薬剤は極めて危険なことになる。ましてこのベルコムローションの効能書きには「黄色ブドウ球菌,表皮ブドウ球菌をほとんど除去できる」と書かれている。皮脂も除去し,さらに表皮ブドウ球菌まで除去するのであれば,極めて危険な薬剤で言わざるを得ないし,これで手洗いすることは院内感染を増やすことにならないだろうか。
【結 論】
(2008/02/19)