以前から温シップという商品に疑問を感じていたため,温シップを販売しているメーカーのMRさんに問い合わせてみたところ,皮膚の温度を上げる作用は全くないようです,という回答を得られた。つまり,温シップの薬効成分とされるカプサイシン(ご存知,トウガラシの成分)には皮膚を暖める作用は認められていないのだ。
このような,自社製品に不利になる情報を誠実に教えてくれたメーカーには敬意を表する。
とはいっても,多くの人はこう思っているはずだ。「そんなことを言ったって,温シップを張ると暖かくなっている。効いていないはずがない」・・・と。
では,なぜ温シップを張ると暖かく感じるのか。それは後述するように,カプサイシンによる接触性皮膚炎が起き,痒みと痛みと温覚の混同が起きているからではないかと推察される。
まず手始めに,温シップはどのような効果をうたっているか調べてみよう。
これらを読むと,いかにもカプサイシンが血管を拡張して皮膚温を上昇させるように考えてしますが,ここはひとまず効能書きのことは一旦忘れ,「皮膚の温度を上げる」ためにはどんな手段があるか考えてみよう。つまり,物理的に皮膚の温度を上げる方法だ。
物理的に考えるとこのくらいしか思いつかない。このなかで,カプサイシンの効果として可能性があるのは,「血管を拡張して・・・」という方法しかありえない。「血液の温度を上げる」というのは発熱している状態,つまり病的状態だし,温シップの温度が体温より高いのであれば何も温シップである必要はないし,心拍出量を増やすのをカプサイシンに求めるのは何が何でも無理だし,電子レンジに至っては論外だ。
そこで必要なのは,皮膚への血管の分布様式だ。これは次のようになっている。
この図からわかるとおり,皮膚への直接の血流は真皮直下の血管網から供給されているが,その大元は穿通枝動脈だ。では,真皮下血管網と穿通枝動脈では,どちらが拡張したほうが皮膚温の上昇につながるかといえば,これはもう穿通枝動脈だ。穿通枝動脈が拡張すればそれはそのまま血流の増加になるし,常に新鮮な動脈血が供給されることになるからだ。
しかし,真皮下血管網や毛細血管が拡張したところで,肝心な穿通枝動脈の血流が増加しなければ血流は増加しないことは明らかだ(蛇口の口径を大きくしただけでは水道の水量は増えないのと同じ)。毛細血管や真皮下血管網だけが拡張しても,せいぜい充血させる程度の効果しかなく,血流の増加にはならないからだ。だから,もしも本当に皮膚の血流を増やすなら穿通枝動脈の拡張でなければいけないし,その拡張は穿通枝動脈が筋膜を貫いた時点で既に起こっていなければ説明がつかない。
そこで思考実験。カプサイシンが動脈拡張作用を持っているとして,それを皮膚に張り,それが穿通枝動脈の拡張を起こせるかどうかだ。穿通枝動脈基部の拡張を起こすためには,次のようなプロセスが必要になる。
ざっと考えただけで,これだけのことが起こらないといけないのだが,これがいかに大変かは誰でもわかると思う。カプサイシンが角質を通過するには角質を破壊しなければいけないし,脂肪内でのカプサイシンの移動は拡散しかないし(そうでなければ,カプサイシンに特有の移動システムがあることになってしまう),拡散では距離の2乗に反比例して濃度が減少し,穿通枝動脈基部に到達するころにはほとんど濃度はゼロだろう。さらに,穿通枝動脈自体を拡張させるにはカプサイシン自体に血管の筋層を弛緩させるなどの効果がなければいけない。
というわけで,これはどう考えて無理だ。無理に無理を重ねなければ実現しそうにもない。
というわけで,前述のように温シップを販売しているメーカーに質問したところ,次のような回答が得られたわけである。
つまり,温シップ(カプサイシン)に血管拡張作用はなく,皮膚を暖める作用もないのである。
では,なぜ温シップを張るとポカポカしてくるのか。理由はただ一つ,カプサイシンによって貼付部位に接触性皮膚炎が起き,炎症症状として痒みを生じ,それを温覚と錯覚しているだけではないかと思う。実際,温シップで接触性皮膚炎はよく起きるし,カプサイシンでなくても皮膚炎が起きている部位は痛痒いし,それは「ポカポカしている感じ」そのものである。
というわけで,温シップは効いていない,というお話,おしまい。
ちなみに,「わが社の温シップは効いている」,「わが社のカプサイシンには血管拡張作用がある」というメーカーがありましたら,どんどんご反論ください。反論,お待ち申し上げております。
(2008/02/26)