褥瘡治療には栄養管理なのか
−死に至る過程−


 高齢者寝たきりの褥瘡患者に,褥瘡治療のためと称して栄養管理をするのは根本的に間違っていると思う。「寝たきりにならないように栄養管理」ならわかるが,「寝たきりになった患者に栄養管理」は絶対におかしいのだ。死に至る過程を見れば,これは明らかだと思う。


 死に逝く人を見ていると,どの人も同じような過程を経て死んでいくことがわかる。次第に意識が薄れて呼びかけにも反応しなくなり,足の指先が冷たくなって紫色になり,オシッコも次第に出なくなり,腸の動きも弱くなり,呼吸の回数が次第に減り,呼吸が止まり,そして鼓動が停止する。個人によって個々の反応が起こる順序は異なるが,大体こういう風に変化が見られるはずだ。これが死に至る過程だ。

 これを別の面から見ると,呼吸と心臓の収縮を最後まで維持するために,それに関係のない臓器を次々と切り捨てているのだと思う。肺と心臓を動かすにはエネルギーが必要だから,それを維持するために,それ以外の臓器の活動を停止し,そこで使われるはずだったエネルギーを肺と心臓にまわしているのだろう。

 だから,大脳皮質は活動を停止する。大脳皮質はエネルギーの最大の最大消費地だ。だからまずここを切り捨て,その結果として意識レベルは低下する。
 手足も動かす必要がないからそれらの筋肉への血流も無駄だし,手や足の先端の体温を維持するのも無駄だ。だから,手足の先から次第に冷たくなっていく。
 腸管は常に上皮細胞が脱落しては新しい細胞が作られて維持されている臓器だ。だから維持するためには常にエネルギーが供給されなければいけない。しかし,自分で食べ物を見つけて食べることができなくなれば,もう腸管は不要となる。食べ物自体がやってこないからだ。だから腸管も早期に切り捨てられる。当然,膵臓も消化酵素を作る必要はなくなるし,インスリンを分泌する必要もない。それらを作るエネルギーすら惜しいからだ。
 そこまでして人体は,最後の最後まで呼吸と鼓動を維持しようとする。そして,その最低限のエネルギーすらなくなったとき,死を迎える。


 生物学的には寝たきり状態で生きていること自体,ありえない状況だ。寝たきりどころか,老眼や膝関節症になった時点で餌が取れなくなり,自分が餌になるからだ。寝たきりでも生きていけるようにしたのが現代医学だが,生物学的にはありえない状態である。
 だから,寝たきりの状態とは上述の「死に至る過程」を超スローモーションで再生しているようなものではないかと思う。本来なら上記の「死に至る過程」は1日から数日で完了するが,それを引き伸ばしているようなものだ。だから,足趾先端の壊死が始まっても(現代医学はこれにもASOという病名をつけて治療しようとする),それでも数日で死を迎えることはないし,意識がなくて摂食もできなくなっても死ぬことはない。意識がなくて咀嚼できなくなっても,直接胃袋に穴を開けてチューブを入れ栄養を流し込めば死ぬことはない。摂食・咀嚼すらできないという状態は生命体として極めて異常な状態だが,現代医学に慣れてしまうとそれは異常とは見えなくなってしまう。胃袋に直接穴を開けてチューブを入れている寝たきり高齢患者を見ても,当たり前だと思ってしまう。

 だが,いくら超スローモーションだとしても,死への過程は不可逆性であり,寝たきり患者にいくら栄養を入れたとしても意識が戻ることはないし,起き上がれるようにもならない。生物としての人体が既に「大脳皮質の切り捨て・指趾末端の切り捨てをしてでも呼吸と心臓を維持しよう」という方向に舵を切ってしまったからだ。


 褥瘡治療に栄養管理は不要,という根拠はここにある。

(2007/12/20)

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