カテーテル・ドレーン周囲に細菌が定着する条件


 次のような質問をいただきました。同様の症例も多いと思いますので,この問題の根本がどこにあるのかを詳しく説明してみます。

腹膜透析をされている方で出口部から膿が結構大量にでている患者さんがおられます。腹部CTをみると皮下トンネル部の腹膜透析チューブ周囲にhigh densityをみとめ皮下トンネル感染を起こしています。(透析液の排液はきれいですので腹膜炎は起こしていません)
培養からはMSSAが検出されています。CRP 0.6mg/dlくらいです。出口部の処置としては消毒はせずに洗浄をつづけています。


 まずこの問題を考える前に,チューブやドレーンは生体からどのような力を受けているかを考える必要があります。これは皮膚を切った時にどういう現象が起こるかを考えるとわかりやすいです。
 皮膚を切ると傷がぱっくり開くことは誰でも知っています。これは何かに似ています。羽根布団をギュウギュウに詰め込んだ布団袋の一部が破れた時,そこがぱっくりと開くのと同じです。


 なぜ布団袋でこういう現象が起きるかというと,詰め込まれた布団が元の形に戻ろうとしているためです。その元に戻ろうとする力(=内圧)を布団袋という頑丈な袋が包み込み,内圧に袋の強度が勝っているからこそ,布団袋は壊れずに形を保っています。

 これを人体に当てはめると,布団袋が皮膚,羽毛布団が軟部組織(脂肪や筋肉)ということになります。ちなみに,若い時にキュッと締まったウェストをしていたのに,中年になるとメリハリのないくびれのない体型になるのは,この皮膚の張力が軟部組織の圧力に物理的に抗し切れなくなったための現象です。


 ここにチューブやカテーテル,創外固定器のピンや人工物を入れると,それらはどういう力を受けるでしょうか。もちろん,内圧はこれらの人工物にも均等に加わり,結果としてチューブやカテーテルを押しつぶす方向に作用します。

 一方,チューブやカテーテル,金属は生体組織と癒着することはなく密着はしていますが,それらと生体組織の間には必ず「腔」が存在します。癒着していないのですから当然です。ただ,上記の圧力で潰れているだけの話です。チューブに加わる力はこのようにして生まれます。
 従って,チューブの周囲に細菌がなかなか定着できない原因の一つは,この内圧により,事実上「腔」が潰れてなくなっているからです。「腔」という生活の場がなければ,いくら細菌でも暮らせませんから。


 では,この「人工物周囲の腔」はどういう場合に出現するかを考えて見ます。

 物理的に考えれば,チューブやカテーテルにかかる圧力が小さくなった場合だけです。これが小さくなれば,押しつぶされていた「腔」が出現する余地ができます。
 では,どういう場合に内圧が小さくなるでしょうか。これは次の3つしかありません。

  1. 皮膚の張力が弱くなった場合(=皮膚がたるんでいる場合)
  2. 軟部組織の体積が小さくなった場合(=軟部組織が萎縮した場合)
  3. 皮膚が切れて圧力が開放された場合(=カテーテル類が入っている部位近くの皮膚が切れた場合)

 正常の人体で起こるのは 1 と 2 だけで,いずれも高齢者の加齢現象の結果として起きます。加齢現象で皮膚の物理的強度が低下したか,栄養が取れなくなって皮下脂肪が落ち,筋肉が萎縮してきた場合です。これらの場合,カテーテルなどの周囲には容易に「腔」が出現し,ここで細菌が生存できるようになります。だから,若い人と高齢者を比べると,高齢者ほどチューブ周囲に細菌が侵入しやすくなるわけです。


 一方,チューブ周囲の軟部組織(脂肪組織)は「pH 7.4の嫌気性状態」ですから,皮膚常在菌pH 5.5の環境でないと生存できない)は生存できず,生存できるとしたら常在菌以外の皮膚通過菌ということになります。通常,このような条件に合う皮膚上の通過菌は S.aureus ですが,この細菌は本来好気性菌のため,入り口部分にわずかに定着しつつ,次第に代謝を嫌気性代謝を主体とするものに切り替えながら嫌気性環境に適応し,ゆっくりと深部の「腔」に入り込んでいると予想されます(あくまでも私の個人的想像ですが)

 これが,チューブやカテーテルの周囲に細菌定着が起こる条件です。


 単純化すれば,チューブにかかる脂肪組織の内圧の減弱がおきない限り,細菌定着は入口部のみで,それより深部に行こうとしても内圧が邪魔しますが,内圧が減弱すれば深部にも「腔」が出現し細菌が侵入できるようになります。
 だから,高齢者の皮下組織にチューブ・カテーテルを入れておけば,よほど皮膚の弾力が保たれていない限り,遅かれ早かれ,チューブ・カテーテル周囲への細菌定着が起こり,それを防ぐことは物理的・生物学的に不可能という結論になります。

 また,高齢者で脂肪組織そのものが薄くなってくれば,脂肪組織の厚みに対する細菌定着深度(入り口からの距離)の割合は大きくなりますので,質問にあったような「チューブ全長から膿が出ている」という現象が起きるのは当然といえます。


 ここまで来てようやく,チューブ周囲が膿になっている状態への対策について説明できます。

 チューブは抜くしかありません。理由は上記の説明で明白だと思います。チューブ入り口部分をいくら念入りに洗っても,抗生剤を投与しても状態が改善しないのも,上記の説明から明らかでしょう。
 また,チューブ入口部での細菌定着の所見を早期に見つけ,しかも皮膚がたるんでいない場合であれば,このように治療することは可能です。要するに,入り口のみで深部に菌が到達していない(=「腔」が潰れている)場合なら菌を除去できます。

(2007/12/18)

左側にフレームが表示されない場合は,ここをクリックしてください