創感染の起炎菌はどこから侵入して感染を起こすか,という問題を考える上で重要な情報を与えてくれた3症例を提示する。
80代女性。10日前に転倒して下腿を打撲。そのまま様子を見ていたが7日目頃から痛みが出現し,受傷から10日目に受診。受診時,著明な腫脹と発赤を認めた。直ちに切開し,大量の血腫の血腫を除去し,ドレーンを挿入した。翌日,痛みなどはなくなった。 | 70代女性。10日前に転倒して下腿を打撲。腫れてきたがそのまま様子を見ていたが,10日目に痛みが出てきたため受診。受診時,著明な腫脹と発赤,圧痛を認めた。直ちに切開し大量の血腫を除去した。3日目にドレーンを抜去し,4日目は異常なく経過したが,5日目に発熱と疼痛があり,再切開して残っていた血腫を除去し,症状は軽快した。 | 70代女性。5日前に下腿を打撲し,腫れていたが傷がなかったため様子を見ていた。5日目に疼痛を訴えて当科を受診。著明に腫脹と発赤を認め,腫脹の中心部の皮膚は黒色壊死になっていた。直ちに切開して大量の血腫を除去し,痛みは直ちになくなった。しかし,皮膚壊死が進み,後日,血腫を覆っていた皮膚は全て壊死したため,切除した。写真は血腫除去の翌日のものである。 |
以上の3症例はいずれも下腿打撲後に血腫形成があり,それを感染源として感染したものであるが,皮膚に傷がないという点で共通している。つまり皮膚は正常である(3例目で皮膚が壊死したのは術後5日目以降であり,それまで皮膚に傷はなかった)。つまり,これらの症例に下腿蜂窩織炎を起こした感染起炎菌は傷から侵入したものではないことになる。
では,どこから入ったのか。もうこうなると,血行性にでも入ったとしか考えられないのだがどうだろうか。人間はちょっとしたことで血管内に細菌が入り込んでいることは知られているし,術後,かなりの率で「感染症状のない菌血症」が起きていることもよく知られているからだ。
これが事実だとすると,傷があろうとなかろうと,血腫(=細菌にとっては培地みたいなものだ)などの感染源となるものがあれば感染が起こることになるし,たとえ傷があって傷に対して無菌操作をしたからといって細菌感染は防げないことになる。もちろん,この「傷」には手術創も含まれるわけだ。
以上をまとめると次のようになる。
では,上記の3例がもしも「打撲して血腫ができ,同時に皮膚にも傷ができていて,10日後に感染した」としたら,それを診た医者はどう考えるだろうか。恐らく「傷からばい菌が入って化膿した。傷の処置が悪くて化膿した」と考えるはずだろうし,大多数の医者はこのように考えるだろうと思う。傷があってそこから化膿する,という過去の常識に縛られているからだ。
だが,「傷がなくても感染が起きている」症例を知ると,傷の存在と感染の間に関連性がないことがわかる。もちろん一部の創感染は傷からの感染からかもしれないが,それはあくまでも一部に過ぎないのである。
筆者は,足趾末節骨の開放骨折で,皮膚の傷が完全に治ってから1ヵ月後に突然患趾に蜂窩織炎が起きた症例を経験している。切開したところ,濁った血腫がありこれが感染源だった。もしも「皮膚の傷が治っていない時期に感染が起きた」のなら傷からの感染と考えるが,この症例では傷は完治し,それからしばらくたってから蜂窩織炎が起きているのである。患者さんによると,その数日前に喉が痛かったということなので,やはり血行性の細菌侵入を考えたいところだ。
さらにこれらの症例は,CDCのSSI対策にある「術後1ヶ月以内の発症」という項目がいかに馬鹿げているかも教えてくれる。手術部位に血腫ができて吸収されなければ,1ヵ月後だろうと半年後だろうと,それを感染源として創感染が起きてしまうからだ。CDCに忠実にサーベイランスしても意味がないのは,このようなタイプの術後創感染を全て落としてしまうからだ。
術後創感染について考えるのであれば,術直後に発生した創感染ではなく,しばらくたってから発症した創感染をむしろ重視すべきなのだ。術直後に発生した感染では,あたかも「手術創部から細菌が入った」ように見えてしまい,判断が狂わされてしまうからだ。CDCは「術後しばらくたってから発症した手術部位の感染は,SSIには含めない」と定めているが,これは要するに,このガイドラインを作った連中は現実の傷の治療をしたことがないからである。現実の傷を見ていないからである。
いくら手術創に入り込んだ細菌といえども,人体の免疫機構をかいくぐって感染を起こすのは容易な作業ではないだろう。感染を起こすとしたら,ある数以上に増える必要があるはずだ。つまり,「増殖できる場」が必要だ。これは手術創といえども例外ではないだろう。
(2007/12/07)