ちょっとえぐい写真でごめん。だが,大腿骨の骨髄が細菌だらけの創面に置かれていたのに骨髄炎が起きなかったという証拠写真である。骨髄炎とは一体何なのか,なぜ骨髄炎と呼ばれる病態が発生するのか,骨髄炎の予防とは何をすることなのかなど,さまざまな問題を提起し,教えてくれる貴重な症例だと考え,提示する。
症例は60代の男性。バイクの転倒事故で左膝下部分を完全切断の状態で救急ヘリで病院に搬送された。受傷日は確か11月10日頃だったと思う。膝下での完全離断であり,大腿部の皮膚・軟部組織の挫滅も高度であり,筋膜と脂肪層がほとんど剥離した状態であった(つまり,受傷時点で既に,皮膚への血流はほとんど絶たれていた事になる)。整形外科で直ちに大腿骨の短縮と創縫合を行ったが,術後,皮膚の循環が不良となり,当科紹介となった。
11月17日 | 11月19日 | 11月22日 |
なぜ,先端部分の皮膚を残したか。もちろん,それを取ると骨断端が顔を出すことがわかっていたからだ。いくらひどい状態の傷に慣れているとはいえ,大腿骨の骨髄とは顔を合わせたくないというのが人情である。この時点で骨髄炎を起こしたらどうしようとそれが心配だった。整形外科の主治医と相談し,発熱などの症状が出現したら直ちに抗生剤を投与することとした。
なお,19日から創部のドレッシングは「穴あきポリ袋+紙おむつ」のみとし,その他の軟膏類は一切使用していない。もちろん,消毒薬もゲーベンクリームもなし。
11月30日 | 同日:先端部分 | 同日:このくらい突出 |
真ん中の写真を見てほしい。大腿後面(写真の下側)はまだ大量の壊死組織が付着していて,ドロドロの状態である。細菌培養ではもちろんMRSAが検出されている。いわば,MRSAのドロドロの「膿の海」に骨髄が包まれているようなものだ。それを「穴あきポリ袋+紙おむつ」に包んでいるわけだ。
いくら,「この方法で褥創に感染が起きたことはない」とはいっても,さすがに気持ちのいいものではなかったし,いつ骨髄炎が起きても対処できるように,そればかり考えて毎日処置をしていたような記憶がある・・・が,何も起きなかった。
12月1日 | 12月2日 | 12月7日 |
12月13日 | 12月20日 | 12月24日 |
24日から局所麻酔で植皮を行った。全身麻酔で一挙に全部に植皮することも考えたが,当時,リハビリが始まり,本人も歩いて退院するのを目標にがんばっていたため,リハビリを最優先するためにベッドサイドで簡単に行える局所麻酔での植皮とした。手術は午後に行い,その日だけリハビリはお休みとし,翌日診察して皮膚が生着していることが確認できれば直ちにリハビリ開始,という方針にした。また,手術翌日には患部もシャワー浴した。
12月27日 | 同日:先端部分 | 1月5日 | 同日:先端 |
1月12日 | 2月4日 | 2月16日 |
この後退院し,自宅近くの病院を紹介。そこでリハビリと創部の処置を継続してもらった。その後,義足装着のために骨を2センチほど短縮し,断端は安定した皮膚で覆われ,義足装着も可能になった。
半年後,患者さんは杖なしで2本の足で歩いて松本の病院の外来を受診してくれた。
もう一度,11月30日の写真を見てほしい。この状態であなたならどういう方法を選ぶだろうか。感染を防ぐために抗生剤点滴? 感染を防ぐためにゲーベンクリームを塗布する? 骨髄炎が起きないように消毒する? 大腿中央部で切断して断端形成をする?
結果論かもしれないが,壊死組織に囲まれ,MRSAだらけの創面に置かれている骨断端であっても,乾燥を防ぎドレナージさえ十分に保たれていれば,骨断端は肉芽で覆われ,周囲の肉芽に埋もれていくものらしいのだ。また,こんな状態でも,ドレナージさえ維持していれば骨髄炎も起きないものらしいのだ。
「ドレナージを保つ」という手段が「穴あきゴミ袋+紙おむつ」による被覆である。この方法は褥創で威力を発揮していることは,このサイトの読者ならご存知と思うが,傷の治癒と同時に感染の制御にも極めて強力な武器であることをこの症例が教えてくれる。
(2007/10/25)