カテーテル刺入部は何で覆うべきか
とりあえず,ここを読む前に基礎知識として直前の記事を読んでほしい。
皮膚にカテーテルが入っている状態を細菌の生態系として見直すと次のようになる。下図は断面である。
【@:カテーテル表面】
- 本来であればカテーテル表面には水分がないため,皮膚常在菌にも通過菌にとっても生存できる環境ではない。
- おそらくpHは中性と思われる。
- カテーテル表面に水分があるとしたら空気中からか,皮膚からの不感蒸泄しかあり得ない。
- つまり,カテーテルの表面をフィルムで密封すると,カテーテル表面には水分が供給され,細菌の生育環境になる。
【A:皮膚表面】
- 何も覆っていなければ皮膚表面はpH5の酸性環境であり,皮膚常在菌しか生存できない。
- フィルムで密封すると不感蒸泄のために皮膚表面の有機酸は希釈されて中性に近づき,黄色ブドウ球菌の生存できる環境となり,皮膚常在菌は抑制される。
【B:カテーテル刺入部】
- 健全な皮膚と皮下組織の移行部(赤で示している)は,滲出液のためにpH7.0であり,黄色ブドウ球菌しか生存できず,皮膚常在菌は存在しない。
- この赤の部分が大きければ大きいほど,黄色ブドウ球菌の生存範囲は広くなる。
- もちろん,消毒したりガーゼが直接あたっていれば治癒が遅れ,赤の部分は広くなる。
【C:カテーテルと脂肪組織の間】
- 通常はここはピッタリとくっついているが,それは見かけだけの話で,実際には腔(スペース)が存在する(人体組織とカテーテルが癒合しているわけでないため)
- 脂肪組織の内圧(=カテーテルを押しつぶす方向に働く。つまり,水圧と同じである)が高ければ腔は事実上つぶれてなくなるし,脂肪組織の内圧が低ければ腔に戻る。内圧の高さは年齢や部位による差が大きいと思われる。
- この部分は「嫌気性,かつpH7.0」であり,皮膚常在菌は生存できない。
- 【感染起炎菌はどこにいるのか?】
- 「カテーテル刺入部の感染」と通常言われているものは,どう考えてもBかCで起きているとしか考えられない。この部分は上述のように「pH7.0」の世界であり,皮膚常在菌は生存できない。
- 従って,皮膚常在菌による感染は起こりえないことになり,皮膚常在菌の数を少なくしても,カテーテル感染抑制に意味がないことになる。
- カテーテル刺入部の感染起炎菌としてはこの中性環境を発育環境とする黄色ブドウ球菌などの「非常在菌」しかありえない。
- 【カテーテル刺入部をフィルム,ハイドロコロイドで密封するとどうなるか?】
- 黄色ブドウ球菌がカテーテル刺入部の皮膚(A)やカテーテル表面(@)で増殖できる条件は唯一,皮膚の有機酸が希釈されて中性になった場合だけであり,この部分がフィルム材やハイドロコロイドなどで密封されている場合にしか成立しない。つまり,カテーテル刺入部を密封型の素材で閉鎖すると,感染起炎菌(黄色ブドウ球菌)が多くなる。
- 上記の現象は「密封」という行為が作り出すものであり,密封する物が滅菌物だろうと未滅菌物だろうと感染率に差はないことになる。もちろん,滅菌物で密封しても感染は防げないという結論になる。
- 【カテーテル刺入直後に刺入部位をガーゼで覆うのはどうか】
- この場合,ガーゼで覆われた皮膚の不感蒸泄は妨げられないために皮膚の大部分は酸性であり,黄色ブドウ球菌などの非常在菌は生存できない。
- しかし,Bの「移行部」は創面なのにガーゼがあたると乾燥してしまうために治癒せず(=上皮化せず),この部分にはいずれ必ず感染起炎菌(=中性環境で生存できる)が定着する。
- 【カテーテル刺入直後にYガーゼ様に切れ込みを入れたハイドロサイト,プラスモイストをあてたら?】
- ハイドロサイト,プラスモイストの吸水力のため,刺入部周囲の皮膚は弱酸性が維持される。
- B移行部の上皮化(=治癒)が早いため,ここに黄色ブドウ球菌が定着できない。
以上の思考実験から,次のような方針が決まる。
- カテーテル挿入直後はハイドロサイトかプラスモイストに切れ込みを入れ,従来の「Yガーゼ」のように刺入部にあてる。
- 刺入部からの浸出液がなくなったら(=刺入部Bが上皮化したら),空中に露出させる(=不感蒸泄を最も妨げない)か,通気性の良いガーゼなどで覆う。
- フィルム材やハイドロコロイドで密封すると感染の機会を増やすので,何日も張りっぱなしにせず,毎日張り替えては刺入部の皮膚をよく洗う。
- カテーテル刺入部を石鹸で洗うのはおそらく問題ないだろうが,石鹸の成分が残ると皮膚常在菌の増殖を抑制するため,十分に洗い流すべきだろう。
- 滅菌物で刺入部を覆うのはナンセンス。消毒するのは最も愚か。
おそらく,これがベストであろう。
【外からの細菌侵入を防ぐ…というのは愚策・・・というか幻想だ】
- 微生物という生物の生存様式からすると,地球上で微生物の侵入を完全に防ぐのはほとんど不可能である。
- 従って,「外からの細菌侵入を防ぐ」という感染対策は絵に描いた餅,バビロンの塔建立と同じ愚行である。
- 唯一の現実的対処は,「細菌が侵入することを前提にして,侵入した細菌が定着できない環境を作る」ことである。つまり,皮膚常在菌の安定したコロニーを維持することである。
【滅菌物は不要】
- 以上から,皮膚常在菌が健全であれば外来菌は定着も侵入もできない。
- 従って,「外から細菌が入らないように」という工夫はすべて無駄。
- 故に滅菌物で覆うのは無駄。
(2007/08/07)
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