前額部全体の3度熱傷はどう治ったか?


 症例は60代女性。糖尿病でインスリン自己注射中で,10年ほど前より糖尿病性腎不全のために人工透析(週3回)を受けている。
 2月11日,首にスカーフを巻いて家事をしている最中に,スカーフにコンロの火が引火して顔面熱傷を受傷。人工透析を受けている病院で処置を受け,2月13日,当院紹介,透析科入院となり,熱傷の治療について当科紹介となった。

2月13日 2月13日 2月13日


2月13日 2月16日 2月27日 2月27日


3月30日 3月30日 4月13日 5月9日


7月27日 開瞼時 閉瞼時

7月27日 7月27日


 古い時代の熱傷治療の常識が通用しない症例だと思う。前額部に関しては,毛孔からの上皮化は全く見られず,創閉鎖は肉芽面への周囲からの上皮侵入と,肉芽自体の収縮で得られたものである。つまり,完全な3度熱傷そのものである。
 従来の熱傷治療の常識で言えば,顔面の3度熱傷,特に眼瞼に近い部分の3度熱傷は早期に植皮を行わなければ瘢痕拘縮が必発なはずである。また,含皮下血管網付き皮膚移植などを行っても移植皮膚の拘縮は避けられず,いかに瘢痕拘縮を回避するかは大変な問題だった。

 実際,まだ真面目な形成外科医だった頃の私はこのような症例には,ユニットごとの植皮をしたり,移植皮膚創縁にジグザグを最初から入れてみたり,移植皮膚を金属ワイヤーで固定して拘縮が起こらないように工夫したり,いろいろな方法を行ったが,なかなか満足できる結果にはならなかったと記憶している。

 で,この症例である。もちろん,この症例で「瘢痕拘縮が起きていない」というつもりはないし,実際に起きている。しかし,左眉毛が少し上がっているだけで,写真でもわかるとおり,最も重要な閉瞼は正常に行えるし,何より,患者さん自体が瘢痕拘縮の存在をあまり気にしていないのである。「つっぱりがありますか?」と尋ねれば「そういえば,ちょっとつっぱりがあるような気がします」という程度である。医者から見れば瘢痕拘縮だが,患者さんが気にならず,日常生活でも不便がなく,何より症状がないのだから,これを「瘢痕拘縮」と呼んでも意味がないような気がする。


 こういう症例を発表すると,「もしもお前の言うことを信じて,万一,瘢痕拘縮が起きてしまったらどうするのか。お前が責任を取るのか?」とヒステリックに騒ぎ立てる医者が必ずいるが(以前の講演会の質疑応答では,こういうヒステリック質問をしてくる熱傷専門医が必ずいたものである),瘢痕拘縮の治療を本業にしているのが形成外科医である。つまり,瘢痕拘縮が起きて目が閉じにくくなったら,形成外科医に紹介すれば問題は解決する。そのための形成外科医である。要するに,対処可能である。
 起きるか起こらないかわからない瘢痕拘縮について論じるのでなく,まずは治療をしてみて,それで瘢痕拘縮が起きて不自由なことがあったらそのときに対処すればいいだけのことだ。

 「万一,トラブルが起きたらどうする?」と何もしないのでは,何の解決にもならない。トラブルが起きたときに,それに応じて対処方法を考えればいいし,少なくとも顔面の瘢痕については,形成外科的に対処可能である。


 もちろん私だって,2月27日の時点では,7月27日の状態にまで治るということは知らなかったし,予想もしていなかった。ひどい瘢痕拘縮が来るかもしれないということは患者さんに繰り返し説明していて,もしもそうなったら植皮だな,と思っていた。第一,腎不全の患者さんでもあり,治癒が遅れるだろうな,ということもある程度は覚悟していた。結局,湿潤状態を保つ以外に何もしなかったが,結果的には最善の結果となった。

 もちろん,全ての例がこのようにうまくいくとは限らないが,少なくとも,眉毛部から頭皮にかけての全層皮膚欠損はこのように治る例もあるということはわかったわけである。

 なぜ,この程度の瘢痕拘縮で治まっているのか,3月30日の時点で植皮をしたらどうなったのか,そもそも従来の熱傷治療で見てきた肉芽と今回の症例の肉芽は同じものなのか,常に動的な状態に置かれた肉芽(=今回の症例の肉芽)となるべく安静を保つようにした肉芽(=従来治療の肉芽)はどう違うのか,いろいろ話題は尽きないのである。

(2007/05/09)

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