傷の治療センターでの外傷症例の感染率と分析


 2007年4月初めから外来(傷の治療センター)で治療した外傷患者を可能な限り記録し,創感染とその病態をまとめてみました熱傷症例はこちらです。対象患者は,

  1. 傷の治療センターで初期治療を行い,治癒まで観察した患者
  2. 相澤病院救急室で初期治療を行った患者で,センターで治癒まで観察した患者
としました。初期治療を当院で行い,その後,他院に紹介した患者は除いています。
 外傷には裂創,擦過創,挫滅創,感染創,感染性粉瘤,術後離開創,術後感染創が含まれます。軽微な外傷もかなりの程度の外傷も一緒くたにしています。
 なお,既に感染した状態で受診した患者については,感染症状が悪化したり改善しないものを「感染」にカウントしています。


【2007年4月1日から5月29日までの一般外傷】
316例中,創感染例は17例。感染率は5.4%。感染例の詳細は以下の通り。
当初,創感染と思われたがそうでなかった症例,初期治療が不適切だったために感染させた症例はこちらです。

  1. 女児(幼児)。頬部裂創で救急外来でテーピングした。翌日,当科を受診し,創が開いていたため,プラスモイスト貼付とした。その後,5日後は異常なく経過したが,6日目に絆創膏貼付部に絆創膏まけ(接触性皮膚炎)を起こし,その周囲に膿痂疹を発生した。ステロイド軟膏塗布で膿痂疹の症状は軽快した。
    被覆材でなく,絆創膏まけから膿痂疹になった症例です。

  2. 80代女性。農作業中に耕耘機が倒れ,右手を挟まれた。救急室で縫合したが,一部が全層皮膚欠損になった。その後,3日間,当科で経過を観察し,良好な肉芽形成が得られ,異常がなかった。2日後,痛みと38℃の発熱のため,救急外来受診し,休日であったため念のために形成外科入院となった。抗生剤投与で痛みと発熱は直ちに軽快した。
    発熱時,私は診察していないので,何が感染源だったのかは不明です。

  3. 10代女性。交通事故で下腿に1センチの裂挫創。救急外来で縫合した。3日後,下腿の痛みで当科受診。直ちに抜糸し,膿瘍形成を認めたため,ドレーンを挿入。これにより感染症状は消失し,その後は異常なく経過し治癒した。
    いわゆる「弁慶の泣き所」の小さな裂挫創です。発症の経過から,初診時既に皮下組織の挫滅のためにポケット形成があり,それに気がつかずに縫合したための感染です。「下腿の裂挫創ではドレーン挿入を常に考える。入れるか入れないかで迷ったら,取りあえず入れる」という方針を救急外来担当医に徹底するしか,このタイプの感染は防げません。

  4. 40代女性。ドアに左母指を挟み,翌日,爪下血腫で救急外来を受診。爪半月部に18Gの中写真で1箇所穴を開けて血腫除去。2日後,血腫再発で当科を受信。爪半月部を3×3ミリ開窓してナイロン糸でドレナージ。3日間は異常なかったが,4日目に突然爪甲基部が腫れたため受診。抗生剤内服で軽快。
    爪下血腫は初診時に的確な処置を取るべきだということを教えてくれる症例です。それにしても,開窓,ドレナージで3日間異常なかったのに,4日後に腫れた理由が不明です。

  5. 90代女性。。前額部裂創,左下腿裂挫創を受傷し,顔面は縫合,下腿はカルトスタット貼付。5日目,顔面を全抜糸したが左下腿に軽度の腫脹と疼痛があり,抗生剤投与。翌日,症状は治まった。
    裂挫創部の気になるか気にならないか程度の腫脹と疼痛の訴えでのみです。果たして創感染だったかどうか,疑問です。

  6. 50代男性。右小指裂創で救急外来にて縫合。翌日当科を受診して同指の爪下血腫除去(裂創が結構大変で,初診時に血腫を見逃していた)。翌日診察時には血腫再発なし。6日後に抜糸のために受診したが,爪甲基部が腫脹し膿瘍を形成。局所麻酔下に爪甲基部を切開排膿した。抗生剤は投与していない。これ以後は問題なく,1週間で通院終了となった。
    当科で爪下血腫の治療を行い,翌日には血腫再発がないことを確認したのに,その後,血腫が再発して感染した症例。患者さんには「痛みなどの異常があったらすぐに受診してください」と説明していたが,「そのうちよくなるだろう」と1週間近く,放置していた。どの時点で血腫が再発したかは不明である。このような場合は,局所麻酔下に爪甲基部を完全に開窓し,ナイロン糸ドレナージとハイドロサイトを併用すると速やかに感染症状は治まる。
    爪下血腫の初期治療はこちら。ちなみに,爪下血腫で爪に穴を開けただけでは,翌日,結構多くの症例で再発している。ナイロン糸ドレナージをするようになってから血腫再発率が減少しているので,やはり効果があるようだ。また,発症から血腫除去までに2日以上経過した症例では,翌日の診察時には異常なくても,その後血腫が再発する例が多いような印象である。確実にドレナージと圧迫をしていても,3日間くらいは連続して診察すべきかもしれない。
    なお,最近の救急病院では,初期治療を行った後は市中病院に紹介することが多いと思うが,少なくとも爪下血腫に関しては再発は少なくないはずだ。治療結果という「最良のフィードバック」がかからない医療体制というのは,どこか間違っていると思う。

  7. 30代男性。仕事中に左下腿後面に8センチの裂創。脂肪創内の裂創だったが念のためにペンローズドレーンを入れて縫合。2日後にはドレーンを抜去し,受傷後1週間目に抜糸に再診してもらったが,浅い縫合糸膿瘍形成を認めた。抜糸をしてナイロン糸ドレナージを行い,プラスモイストで被覆し,5日後には治癒した。
    単純な縫合糸膿瘍の症例。

  8. 小学生女児。顔面の多発擦過創と前額部のやや深い挫創(後に,前額部は尖った石にぶつかってできた傷であることが判明)。挫創部は当初ハイドロサイトで覆い,擦過創はデュオアクティブで治療。3日目に擦過創は治癒し,前額部も浅くなってきたためデュオアクティブETに変えた。翌日は異常なかったが,3日後に創部から排膿が見られ微熱と創部の腫脹も認めた。直ちにナイロン糸ドレナージを行い,翌日には腫脹,発熱は軽快した。抗生剤は投与していない。その後,3日間ナイロン糸ドレナージを行い,排膿がなくなった時点でプラスモイストに変更,5日後には治癒した。
    恐らく,前額部の挫創は受傷時から骨膜上でのポケットとなっていたと思われる。この時点で気がついてナイロン糸を入れてドレナージしておけば創感染に至らなかっただろう。まだまだ,傷を見る目が未熟だなと反省させられた症例。

  9. 60代男性。3月中旬に手背裂挫創と伸筋腱断裂を受傷。整形外科で腱縫合を行ったが,皮膚の挫滅があったため当科紹介となった。4月初旬に創は一旦治癒したが,4日後に突然手背の腫脹があり,縫合創縁から滲出液があったため受診した。深さ1センチの瘻孔があり,伸筋腱縫合部に向かっていた。直ちにナイロン糸ドレナージを開始し,ハイドロサイトで被覆し,翌日には痛みはなくなった。同様の治療を続け,2週間後に治癒した。
    これは明らかに,腱縫合糸による縫合糸膿瘍。通常,縫合糸膿瘍は縫合糸を除去しない限り治癒しないが,この例のようにモノフィラメント縫合糸ではドレナージをきちんとつけることで感染症状はなくなり,創も治癒するようだ。腱縫合糸はやはりモノフィラメント糸でないといけない。

  10. 30代。救急室で縫合した広範なポケット形成のあった膝蓋部の裂挫創。救急室でドレーンを入れて縫合した。翌日,疼痛があり,一部を抜糸したところ血腫形成を認めたため,ポケット遠位端を切開してこちらにもドレーン挿入。これで症状は治まり,以後は問題なく治癒。抗生剤はポケット切開時のみ投与した。
    この症例の感染は,初診時にポケット遠位端を切開してドレナージしていれば防げたかもしれませんが,初診時にそれを決断するのは至難の業でしょう。

  11. 70代。大腿遠位部を電動ノコギリで切り,筋膜と筋の裂創を伴う10cm以上の裂創を受傷。当科でドレーンを筋層に留置し創縫合した。翌日は異常なかったが,2日目に発熱。病識があまりない高齢者で,かなり歩き回ったらしい。創内に血腫形成を伴い,血腫除去を行って開放創として,速やかに解熱した。
    入院させて安静を強制すれば防げたかもしれない感染ですが,患者さんが帰宅を強く希望した例です。確かにこれは創感染は創感染でしょうが,医者がいくら努力しても防げないタイプの創感染です。

  12. 50代。救急室で縫合した母指裂創。1週間後に抜糸のために受診したが縫合糸膿瘍となっていた。抜糸しハイドロサイトで治療し,数日後に治癒。抗生剤は投与していない。
    数日前から創部の痛みがあったけれど,抜糸まで我慢したという症例です。創感染(=縫合糸膿瘍)は感染源(=縫合糸)を除去すれば治癒する,という見本です。

  13. 70代。両手多発裂創で救急室で縫合。5日後に縫合糸膿瘍を形成したが,抜糸しハイドロサイトで治療。その後は問題なく治癒。抗生剤は投与していない。
    縫合糸膿瘍に対しては抜糸をしてハイドロサイト(あるいはプラスモイスト)貼付,というのがベストの治療でしょう。

  14. 10代。眉毛部のFlap状の深い裂創。当科で縫合して5日目に抜糸し,この時点では特に異常はなかったが,その2日後に腫脹があり,Flap下に血腫形成を認め,ドレナージを行った。数日で治癒。抗生剤は投与していない。
    抜糸時にまったく症状がなく,その二日後に突然感染症状を呈した症例。抜糸時には軽度の腫脹がありましたが圧痛はありませんでした。

  15. 10代。スポーツ中に他選手とぶつかって歯牙が額に当たってできた裂創。救急室で縫合。翌日,膿瘍形成を認めて一部抜糸してドレナージ。9日目に問題なく治癒。抗生剤は投与していない。
    歯牙による裂創は縫合してはいけない,というよい事例です。皆様も気をつけてください。

  16. 幼児。前額部裂創でテーピング。翌日,テーピング張り替えたが,この時点で少量の滲出液があった。翌日,創部から膿が流出。創をすべて開放とした。以後,ハイドロサイトで治療。抗生剤投与はせずに3週間で治癒した。
    裂創のテーピング治療では,血腫予防のために確実に患部を圧迫するのが大切です。また,翌日滲出液があったらこれは異常事態ですので,皮下にポケット形成がないか確認すべきです。

  17. 20代。転倒し,歯牙による下口唇貫通創と頤部裂創を受傷。救急外来で頤部は縫合し,下口唇は皮膚側のみ縫合して口腔側は縫合せずに開放のままとした。翌日,頤部縫合創に創部痛と滲出液を認めたため,一部を抜糸し,ペンローズドレーンを留置した。翌日には痛みはなくなり,その翌日,ドレーンを抜去。受傷6日目に全抜糸し,問題なく治癒した。
    頤部裂創の感染例ですが,血腫ができてそれが感染源になり感染が起きたようです。このような創感染は,縫合直後の圧迫を確実にするしか予防法はありません。

  18. 20代。2日前に指を切り,二日後に某病院で創縫合した。その後の経過は不明だが,5日目に創部の主徴を主訴に当院を受診。膿瘍形成を認め,全抜糸してナイロン糸ドレナージを行う。1週間で創は治癒した。
    やはり,受傷から時間の経った裂創は縫合してはいけないようです。当科での感染例ではないが,教えられることが多いので,あえて入れておいた。


【当初創感染が疑われたが創感染でなかった症例,初期治療が不適切だった症例】

  1. 10代男性。手の母指爪下血腫で救急外来で爪に穴を開け,一旦は治癒したが,受傷後5日目に爪甲基部が腫脹して痛みが出たため,当科で爪半月の部分を大きく切開した。それで痛みはなくなり,治癒した。
    この例は,救急外来で開けた穴(18Gの注射針で開けたのみ)が小さすぎてすぐに詰まってしまい,その後,血腫再発から感染した症例です。
    爪下血腫はいい加減な治療をすると,結構再発しています。

  2. 30代男性。バイク事故で左膝を擦りむいたが,救急外来で診察した医師が患者さんに「特に治療は必要ない」と説明し,その5日後に患部の腫脹と疼痛で受診した。処置の方法について説明を受けていなかったため,自宅で消毒していたとのことであった。
    湿潤治療について説明し,絶対に消毒しないように説明し,
    プラスモイストで創を閉鎖するように説明。翌日受診してもらったが,痛みはなくなった。
    恥ずかしながら,相澤病院の救急外来での症例です。擦過創といえども,治療しなければ感染します。

  3. 40代男性。3月中旬に下腿正中の皮下腫瘍(直径1センチの小さなもの)切除を当科で行った。翌日の診察耳には全く異常はなかった。その翌日,河畔の工事現場で働いていて突然発熱し,同側下腿全体の腫脹を主訴に救急外来を受診し,39℃台の発熱だったために入院となった。手術創部から膿が出ていたようだ。その翌日,診察したが,手術部位は抜糸して開放創となっていたが,膿は出ておらず,創周囲の発赤も圧痛もなかった。下腿外側を中心に腫脹と発赤が見られた。
    当初,手術部位感染を疑われたが,肝心の手術部位には発赤も疼痛もなく,また,患者さんによると手術した部位と全く関係のない下腿外側に最初痛みがあったということで,手術部位の痛みは全経過で認められなかった。結局,抗生剤投与で症状は治まり,次第に腫脹は下腿外側に限局するようになり,この部分に小さな潰瘍ができてここからリンパ液様の滲出液の流出が一日続き,これで下腿の腫脹はかなり治まった。やはり手術部位とは無関係だった様だ。
    手術した翌々日に突然発熱した症例である。摘出した腫瘍は直径1センチの皮下腫瘍であり,ここから感染したにしてはあまりに発症が急激であり,また,手術部位には終始異常がなかった。病態の根本が最後まで不明な症例だった。

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