「化粧品は危険だ」と告発するだけでは何も変わらない


 「化粧品は危険だ」と言ったのは私が最初でなはないし,化粧品の危険性を告発する書籍を出版なさっている先生もいらっしゃるようだ。例えば次のようなものだ。

  1. http://www.hpmix.com/home/manstein/U6.htm
  2. http://www.metamor.co.jp/maegaki/baka.htm
  3. http://www.metamor.co.jp/

 では,この先生の努力が実を結んで,世の中に「化粧品をつけるのは危険だ」というのが広まっているかというとそうではないだろうし,上記の本が売れているという感じでもなさそうだ。言っては悪いが,この先生の半径50メートルくらいでしか知られていないのではないかと思う。


 なぜ,「化粧品は肌に悪い」という至極真っ当な主張が広まらないのだろうか。それは,この先生の基本戦略が甘いからだ。戦略を立てずに戦争を仕掛けているからだ。「化粧品は肌に悪い」と主張すると戦争になると考えていなかったからだ。きちんとした戦略を立てずに戦争に臨むのは無謀である。基本戦略をしっかり立ててから戦争に臨まなければいけないのだ。

 ではなぜ,「化粧品は肌に悪い」と指摘することが戦争になるかといえば,化粧という行為を支える社会のシステムがあり,それは強固なパラダイムを形作っているからだ。化粧というパラダイムの根底にあるのは,「素肌を晒すのは恥ずかしいことだ。素肌に何かを塗ることが美である。生まれたままの顔はみっともない」という感覚であり,美意識だろう。


 例えば平安時代には顔を白く塗って眉を剃り,額のあたりに丸く眉を描いていたが,あれは感情を読まれにくくするためのメークだったらしい。しかしそれを社会の構成員の多数がするようになったとき,「元々の眉毛はみっともない。額に書いた眉が美しい」という美意識が加わったはずだ。そして,皆がそうするようになると,「生まれたままの眉毛のまま外を歩くなんてみっともない」という圧力も生まれるだろう。

 あるいは10年位前,日本中の女の子が顔を真っ黒にする「顔グロ」が流行し,そこらじゅうに顔が黒い連中が歩いていたが,あれは何だったのだろうか。よく覚えていないのだが,なぜ女の子が顔を黒くしたかというと,周囲の女の子たちが皆,顔を黒くしていたからだ。顔が黒くないとみっともないと思ったからだ。黒い顔でないと人前を歩けなかったからだ。この「化粧パラダイム」において強力に作用するのは,異性の目ではなく同性の視線なのである。

 要するに,化粧法とか美の基準とかは時代によってどんどん変化するが,「生まれたままの顔で歩くのはみっともない。作った顔が美しい」という基準だけは不動だったのである。恐らく数千年の歴史を持つであろう「化粧業界」はこの基準で飯を食ってきたし,この基準が維持されるように意識的・無意識的に宣伝活動をしてきたのだ。それがあまりに巧妙に繰り返されるため,私たちは「女性は化粧をするものだ」ということを永遠の真理の如く受け入れてきたのである。


 ここまでくると,上述の先生の基本戦略の過ちが見えてくる。化粧品が肌に悪いと指摘することは,化粧品と化粧法と根本的美意識の全てに喧嘩を売るようなものであり,好むと好まざるにかかわらず,戦争になってしまうのである。戦争だから戦略をきちんとしないといけないのである。

 「化粧品は肌を痛めつける。だから化粧品を使うな」と主張するのは簡単だ。しかし,化粧がパラダイムである以上,化粧をするなというだけでは不十分なのである。化粧に変わる「新しい美のパラダイム」を提唱しない限り,化粧パラダイムは打ち砕けないのである。

 新しいパラダイムとは,「化粧と同等以上の外見を美しく見せる効果があり,しかも,皮膚を痛めつけない」ものでなければいけない。そういう新しい方法がない限り,ただ単に「化粧を止めろ」といわれても,言われたほうも困ってしまうのだ。「素肌の顔はみっともない」と聞かされ続けてきたのに,いまさら「素肌で歩け」といわれても,「みっともない顔で歩けというのか」と反発されるだけなのだ。


 誰だって,美しくありたい,美しいと言われたい,みっともないと言われたくないのだ。そこで化粧という考えが生まれ,化粧品が得られるようになったのだろう。しかし,その化粧品は幸か不幸か,美しくするという効果はあったものの,肌を痛めつける副作用があった。だから,未来の化粧品は「人間の肌はどうなっているのか。常在菌はどんな働きをしているのか」という普遍的事実から出発し,それらを踏まえたうえで,全く新しい発想で作られたものであるべきだ

 そして,そのような化粧品をうまく開発でき,上手な戦略で「化粧パラダイム」に戦いを挑んだら,その開発者は新しい時代の寵児になるはずだ。もちろん,巨額の富も向こうからやってくるだろう。

 多分,「皮膚に塗った化粧品を落とすためには界面活性剤入りの洗剤で洗顔する。そのあと顔に塗る(保護する)化粧品は,皮脂と同じ成分をベースにして皮膚常在菌叢を乱さないようにする」という化粧品が新パラダイムに必要なのである。私ならそっちの方向で開発を進める。

(2007/03/19)

左側にフレームが表示されない場合は,ここをクリックしてください