患者さんを不安にさせるためにムンテラしているのか


 患者への説明,いわゆるムンテラだが,ありとあらゆる合併症をあらかじめ説明しておかないと後で訴えられるから,という理由で治療開始前に合併症について完璧に説明し,それを文書として残すことが常識になっているが,これって患者さんの利益になっているのだろうか。


 私の外来には他の病院で治療を受けて不安になり,外来を受診される熱傷患者さんが多い。熱湯をちょっとかぶった程度の熱傷では理論的には3度熱傷にはなるはずがないのに,初診時から「3度熱傷になることもあり,その時は植皮が必要になる。敗血症を起こすこともある。跡が残るかどうかも不明。引きつれが起こって手術が必要になることもある。自然に上皮化させた場合には癌が発生する危険性もある」・・・と,ありとあらゆる合併症が説明されている。それも,わずかな可能性しかない合併症までだ。これはいわば,「医療のネガティブ・キャンペーン」ではないだろうか。

 確かに患者さんといっても千差万別だから,「火傷で跡が残るとは聞いていない。事前に説明がなかったのはおかしい」と訴訟を起こす人もいるのかもしれないが,だからといって,どう見ても2度の浅い熱傷の患者にまで,初診時に「跡が残って修正手術が必要になることもあるし,植皮が必要になるかもしれない。場合によっては敗血症を起こして死ぬこともある。30年後に癌が発生するかもしれない」と説明するのは,本当に必要なんだろうか。医者の保身のために必要なムンテラかもしれないが,このような説明の仕方は妥当なものなのだろうか。


 そのように医者に脅かされた患者さんが,外来を受診することになる。本人も家族も,このままでは手足が動かなくなるかもしれない,敗血症で死ぬかもしれないと夜も眠れずに悩んでいたりする。しかもそういう患者さんに限って,患部を見てみると全然大したことのない熱傷だったりするのである。

 そこで私は「これはたいした事のない熱傷です。あと1週間もすれば傷は治ります。ただ,新しく出来た皮膚は周囲の皮膚とは違うので色調が微妙に異なります。しかし,数年後にはほとんど目立たなくなります。万一,関節が突っ張ったりすることがありますが,不自由な場合にはそれを修正する手術をすればいいだけのことで,今から心配してもしょうがありません。いずれにしても,大事にはなりませんよ」と説明するのだが,それまで「これは大変なことになる,跡が残る,植皮することになる,命に関わる場合もある」と脅かされてきた患者さんたちは,一様に安堵されるようだ。何しろそれまで,これは治りますよ,と一言も医者は言ってくれなかったからだ。

 先日,当科を受信された患者さんも言っていたが,「なぜお医者さんは,治るよといってくれないんでしょうか。一言いってくれればとても楽になるのに」とおっしゃられていた。


 もちろん,あらゆる合併症について患者さんに説明することがインフォームド・コンセントなのかもしれないし,あらゆる合併症について説明しないと訴えられた時に困るという理由があるのかもしれないが,患者さんにとっては「癌が発生する可能性もある」ということと「癌が発生する」ことの差は非常に小さいのではないかと思う。
 何しろ火傷しただけで気が動転しているのに,やれ癌になる,やれ植皮だと言われたって,それが必ず起こる合併症なのか,ほとんど起こらない合併症なのかなんてわかるわけないのである。

 治療をする以上はありとあらゆる合併症の発生に注意を払うべきだし,あらゆる合併症について患者さんに説明すべきことは理解している。あるいは,あらゆる合併症についての情報がなければ治療を受けたくない,という人が実際に増えているのかもしれない。それは認める。

 だが,医者の説明の結果として,希望でなく絶望しか生み出さないとしたら,それはどこか間違っていないだろうか。

 レストランに食事に行ってメニューを見たらその冒頭に,「この料理を食べて食中毒を起こすことがある,アレルギーを起こして呼吸が止まることもある,あなたの好みに合わない味付けである可能性がある」と書いてあるようなものではないだろうか。


 患者さんが最初から絶望感を感じて治療を受けるのと,希望を持って治療を受けるのでは,治療結果は変わってくるんじゃないかと思う。
 いずれにしても,「お前はこの火傷で死ぬかもしれない」と告げられれば患者さんは絶望のどん底に叩き込まれてしまうが,「このくらいの火傷だったら,大方は2週間で治りますよ」と説明されれば患者さんは笑顔になる。これだけは間違いのない事実である。

(2007/02/21)

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