日本褥瘡学会が正しい,というパラダイム


 日本褥瘡学会が推奨する褥瘡管理・治療体系を,パラダイムという観点から見直してみるのも面白い。実は,日本褥瘡学会の推奨する治療には,ある思想というか思い込みが根底にあり,それを正しいと言うことを前提に全ての治療システムが組み立てられているのだ。まさにパラダイムの構造である。それに気がついている人はどれだけいるだろうか。

 日本褥瘡学会の治療ガイドラインの根底にある思想とは何だろうか。私の考えでは次のようなものだ。

  1. 褥瘡は治療しなければいけない。
  2. 褥瘡は難治性である。
  3. だから,さまざまな知識を総合して,包括的な治療をしなければいけない。
  4. だから,専門的知識を持った専門医,専門看護師でなければ治療できない。
  5. DESIGNなどの病期分類での分析が有用であり,病気分類が治療に絶対必要である。

 これらを正しいと考えているからこそ,褥瘡治療に専門的知識が必要ということになり,学会を作って知識を普及させることは絶対に必要だし,そのための教育システムが必要,ということになる。これが日本褥瘡学会を支える基本理念である。特にその中心をなしている考えは,1 と 2 であり,それを正しいとしてしまったからこそ,残りの3つも導き出されたものだろうと思う。


 だが,「褥瘡は治さなければいけない,しかし褥瘡は難治性である」という大前提が崩れたらどうなるだろうか。「褥瘡は治さなくてもいい,しかし,褥瘡を治療するのは簡単であり素人でも治療できる」というのが正しかったらどうなるだろうか。そうなったらもちろん,褥瘡学会を作る必然性もなくなるし,専門医も認定看護師も不要になるし,学会という組織そのものの存在理由すらなくなる。

 実は,この「褥瘡は治さなくてもいいが,治すのは簡単で,素人でも治療できる」というのを根本理念にしているのが,鳥谷部先生のラップ療法である。だから,「褥瘡とは共存すればいいし,治るときは簡単に治るし,褥瘡を治したからと言って威張るのはおかしい,褥瘡治療に血道をあげるのはおかしい」という考えと,日本褥瘡学会が両立するわけはないのである。

 つまり,ラップ療法が広まってしまうと,日本褥瘡学会そのものが崩壊してしまう。それを感じ取っているからこそ,日本褥瘡学会はラップ療法を受け入れるわけにはいかないのである。飯の種を奪われてはたまらないから,ラップ療法を攻撃しているのだ。患者を見ずに,自分たちの利益を守るのに必死なのだろう。まさに,かつては最先端の褥瘡治療というパラダイムを提唱した日本褥瘡学会に,ラップ療法という新しいパラダイムが突きつけられたわけだ。旧パラダイム側としては自分たちを守るために必死になって反撃するしかない。


 しかし,褥瘡治療に生涯をかけている大先生たちには悪いが,褥創なんて,眦(まなじり)決して治療するようなものではないのである。ラップでも貼っておけば勝手に治っていく慢性創の一つに過ぎないのだ。褥瘡なんて片手間に処置していても治ってしまうものなのだ。
 要するに,何もわざわざ学会を作って治療法を議論するようなものではないのだ。


 私の予想が正しければ,日本褥瘡学会がラップ療法を認めることはないだろう。自らの存在理由を否定するような新しい治療理念を認めるわけがないからである。だから,毎年一回,夏に開かれる日本褥瘡学会ではラップ療法についての発表は会場の片隅に追いやるだろうし,学会はいつまでも「医療材料でないラップを傷に使うなんて汚らわしい」というヒステリックな公式見解を出し続けるだろう。

 だが,そういう日本褥瘡学会の姿勢とは無関係に,ラップ療法は末端で広まっていくだろう。何しろ,簡単だし,金もかからないからだ。学会のガイドラインどおりに治療すれば,被覆材は保険請求できないために病院持ち出しになって病院から文句を言われ,学会ご推奨の軟膏をいくら使ってもろくによくならないからだ

 また,褥瘡治療に皮膚科医が介入していることも,ラップ療法に味方するはずだ。何しろラップといえば,日本中の皮膚科教科書に「ODT療法ではラップを使う」と明記されているわけで,ラップがよくないといわれたら皮膚科学そのものを否定されている気になるはずだ。


 つまり,褥瘡学会の中では「ラップ療法なんて」と否定されるが,学会以外ではみんなが当たり前にラップを張っている,という状況になるのではないだろうか。

 やがて,日本褥瘡学会のお偉方が定年を迎え,表舞台から消えたとき,パラダイムシフトが起こるはずだ。


 ちなみに,なぜ,日本褥瘡学会の治療ガイドラインどおりに治療をしてもろくに褥瘡が治らないかというと,伝承的治療,非科学的治療が科学的治療とごっちゃになっているからだ。

 例えば「ゲーベンクリームを塗布すると壊死組織が融解する」という,医学界に広く流布している言い伝えがある。確かにゲーベンを塗布すると壊死組織が融解するが,だからといって「ゲーベンは壊死組織融解作用を持つ」とは言えないのである。それを言うためには,

 これらのどれなのかを検証しなければいけないし,さらに検証できたとしても,なぜゲーベンが壊死組織を融解させるのかということが,化学的,生物学的に証明されなければいけない。それができなければ,「ゲーベンは壊死組織を融解させる」といってはいけないのである。このあたり,日本褥瘡学会のお偉い先生方は全然わかっていないのである。

 これでは「お祈りをしたら病気が治った。だからお祈りは病気を治す」といっているのと同じである。これを証明するためには,

これらを区別して検証しなければいけないからだ。


 書き終わってから気がついたのだが,日本褥瘡学会というパラダイムの根底にある最大の原理とは「アメリカ褥瘡学会についていけば大丈夫,アメリカが間違うわけがない」というものだということに気がついた。一刻も早く日本の遅れている褥瘡治療に,世界でもっとも正しいアメリカの褥瘡治療を導入して,正しい方向に持っていきましょう,という思想である。これが根底にあるから,日本褥瘡学会にとって「日本で開発された新しい治療(=ラップ療法)」なんて日本に存在するわけがないし,認めるなんてとんでもないことなのである(これは,小泉君がブッシュ君追随しか頭になかったのと同じ構図だな)

 小泉政権の発足の時期(2001年4月)と,日本褥瘡学会に大量の参加者が参加する時期は,偶然にしろかなり一致するんじゃないかな?

(2007/02/13)