学会ができた時,一つのパラダイムが完成する


 例えば,従来の治療法や疾患概念を根本から変えるような考えが提唱されたとする。大抵の場合,それを発表するのは若い医者・研究者であり,場合によっては医者は医者でもその疾患では門外漢・非専門家であることが多い。その分野の専門家や大家は,その分野のパラダイムを絶対真理として捕らえているからだ。「常識で凝り固まった」と表現してもいいだろう。だから最初のうちはその考えに賛同するものはなく,学会で発表しても「変な発表」の一言で片付けられたりする。

 しかし,その治療法が既成概念から外れたものであっても,きちんと治療成績を提示していけば,次第に同調する人間が増えてくるし,あちこちで検証されるようになる。そして各地でその治療を実践する医者たちが互いに連絡を取り合うようになり,やがて「○○研究会」として旗揚げされるる。当然,それに集まるのは既成概念に染まっていない若い医者たちだろう。とはいっても,まだこの時点では主流となっている治療を提唱する学会側(体制側とも言う)から見れば異端の少数派扱いである。


 しかし,それが5年,10年,15年と経るうちに事態は変化する。学会を牛耳っていた教授たちや名誉教授たち,あるいは病院であれば診療部長が定年で一人,また一人と消えていき,それと同時に,新しい治療法を提案した若い医者も中堅になって講師や助教授,診療部長になり,後輩の医者たちは最初から新しい考えに染まっている。

 その時歴史は動き,古い方法は捨てられ,新しい方法が標準となる。これがパラダイムシフトである。

 この時点で,最初に作られた「○○研究会」は「○○学会」に昇格する。古いパラダイムによる学会を乗っ取る形だったり,全く新しく作られた学会だったりするが,ここで重要なのは「新しい学会」が成立することである。
 その新しくできた学会が新しい治療ガイドラインや診断ガイドラインを作り,それが教科書に記載されて大学教育で使われるようになる。そうなると厚生労働省も新しい学会の提案を支持するだろうし,治療薬剤や治療機器の開発という形でメーカーも新しい治療法,そして学会をサポートするようになる。この時点でパラダイムとして完成する。

 つまり,パラダイムの完成を具現化したものが「学会」なのである。当初,常識はずれの治療概念として発表された考えが,学会となることでそれが正しい考えであることを医学界,そして社会全体に宣言し,承認されたのだ。そして,その治療法(診断法)の提唱者は医療の改革者として評価され名声を得る。


 だが,誕生時にはどれほど革命的な治療法であって先鋭的態度で普及に勤めたとしても,学会完成後に保守化することは避けられないだろう。正しい治療法(診断法)を確立し普及させるという目的を,学会が持ってしまうためだ。そのために学会を設立したのだから当然である。

 また人間の心情として,一度手に入れた名声を手放すのは絶対に嫌である。だから,学会の設立者としては,心血注いで完成させた治療法に変更を加えられるのは許せないし,全ての医者は自分が提唱する方法だけすべきだと思ってしまう。つまりこの時点で,攻めの姿勢から守りにシフトチェンジしてしまう。新しい治療の提唱者から確立した治療の番人に変化してしまったのだ。


 だから,自分の発見を否定する若い研究者に辛く当たったりするかもしれないし,発表そのものを妨害することもある。もうこうなると,新人俳優をいじめるベテラン俳優みたいなものだ。人間なんだからしょうがないのである。研究者や学者といっても特殊な人種じゃないのだから,当たり前である。

 また,パラダイムの提唱者は,その学説の根本に間違いがあることは絶対に避けたいし,間違いがあっても部分的手直し程度であって欲しいと思う。「先生は今までさんざんこの考えが正しいと言ってきましたが,結局,根本のところが間違っていたわけですね」とは,生きているうちには絶対に言われたくない。


 恐らくこういう傾向は,単一疾患を対象にした学会ほど強いと思われる。内科学会とか外科学会の規模になるとあまりに間口が広すぎ,学会に含まれる(ミニ)パラダイムも数が多くなり,個々のミニパラダイムを守るために学会が存在するわけでないからだ。

 しかし,熱傷学会や褥瘡学会のような「単一疾患相手の学会」では,単一パラダイムで学会全体が支配されている。だからいきおい,このような学会は保守化傾向が強くなるのは避けられない問題だろう。熱傷治療や褥瘡治療がどのようなパラダイムに支配されているかは,後ほど述べる予定である。


 盟主・鳥谷部先生の治療に対する日本褥瘡学会からの攻撃の本当の原因は,実はここにあるのだと思う。要するに,旧パラダイム側が新パラダイムを見て,自分たちの存在理由が根本から否定されることを知り,自分たちのパラダイム(=地位と名誉)を守るために攻撃しているのだ。ラップは治療材料でないから駄目とか,エビデンスがないとか理屈をつけて攻撃しているが,その本質は,若手俳優をいじめることで有名な某ベテラン大女優の心情と同じで,極めてわかりやすい。

(2007/01/31)

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