私のパソコン歴は20年以上に及ぶ。以前はプログラムを作るのを趣味としていた時期もあった。そういう時期に,体表先天異常症候群に遭遇した。
体表先天異常症候群の診断とは,突き詰めれば各症状の組み合わせから,それに合致した症候群を見つけることである。というとこれはまさしくコンピュータがもっとも得意としている分野である。要するに,体表先天異常症候群の症状の組み合わせを記録したデータベースを構築しておき,先天異常症候群と思われる患者がいたら症状を入力し,その症状の組み合わせに合致する候補をピックアップするだけである。
というわけで,「趣味の診断プログラム」作りを始めてしまった。暇だったんだろうな。そして,仕事で空いている時間があればプログラムを作り,先天異常症候群をまとめた教科書を参考にしてデータを入力し,数ヶ月で何とか使えるものになった。やっぱり暇だったんだろう。実際に症状の組み合わせを入れてみると,候補となる症候群の一覧が表示される。個人が趣味で作った診断システムとしては,かなりのものだったと思う。
ところがここでも,「症状の表記」という問題にぶつかってしまった。参考にしている教科書の中に,別個の症状を同じ症状名で書いてあったり,ひとつの症状を別々の呼び名(診断名)で表記してあったからだ。
例えば前述の多指症だ。多指症は親指が多い母指多指症(軸前性多指症)と,小指が多い小指多指症(軸後性多指症)の二つに分けられる(それ以外にも中央列多指症というのがあるが,極めて稀)。数の上では圧倒的に母指多指症が多いが先天異常症候群に合併することはあまり多くない。逆に小指多指症は症例数は少ないものの多発先天異常症候群に合併する率が高い。要するに,「指が1本多い」といっても病態は全く異なっているのだ。ちなみに,豊臣秀吉は母指多指症だったようだ。
しかし,私が参考にした英文の教科書では,ある症候群では「母指多指症を合併」と書いてあるのに,別の症候群では単に「多指症を合併し」と書いてあるのだ。これでは,母指が多いのか小指が多いのか不明である。同様に,「片側唇裂」「正中唇裂」と全く異なる病態の記述が区別されていない部分も見つけたし,外耳の形態異常となるとまさにカオス状態だった。耳はもともと複雑な形態をしているため,専門家でもなければその耳が異常なのか正常なのかの診断がつけられない。そのため,体表先天異常の専門書でも,外耳の形態異常の記載はめちゃくちゃなことが多い。
もちろん,こんな細かいことには頓着せず,「唇の形がおかしいのはすべて唇裂」「指が短ければ短指症」「耳の形が少しでもおかしければ外耳異常」と大雑把なデータにすれば悩むこともないが,そうすると,診断システムとしては使い物にならなくなる。
それまで私は,教科書とは正しいことしか書いていないものと信じていたが,このころから,教科書を鵜呑みにするのは危ないかもしれないな,と感じ始めていたような気がする。
(2006/01/11)