さらに大胆な仮説を提示する。
まず,創面(肉芽面)に2種類の細菌がいる状況を考えてみよう。この2つの細菌は自分の領土(生息地)を広げることしか考えていないが(それが細菌の本性である),結局は創面の状態(水分量など)と繁殖力(世代時間)のバランスで,最適の細菌が生き残り単独の細菌叢を形成する。たとえその創面の状態を好む細菌2種類がいたとしても,世代時間のわずかな差で増殖する細菌数の差は指数関数的に広がり,結局1種類しか残らないと考えられる。
この時,「1種類の細菌と上皮細胞」だったらどういう関係が生じるだろうか。細菌は上皮細胞を「同じ領土に領地を広げようとする競合相手」と見るだろうか,「領土獲得作業に無関係の無害なやつ」と見ているだろうか。仮説の上に仮説を重ねてしまうが,私の見たところ,緑膿菌や溶連菌は上皮細胞を「競合相手」と捉えているようであり,一方,黄色ブドウ球菌(MRSA)は後者のように「無害な仲間」と考えているのではないかとしか思えないのである。
その違いは,皮膚(上皮細胞)とそれぞれの細菌との付き合いの歴史の長さの違いである。
人間の皮膚は母親の胎内では無菌だが,生まれ落ちた直後から皮膚常在菌の定着が始まり,皮膚常在菌叢が形成される。つまり,皮膚は生まれた時から皮膚常在菌と一緒に生活(?)しているのである。両者は兄弟ではないが,兄弟同様に近くで育った従兄弟みたいなものではないだろうか。時々ふざけて悪さをしたりするけれど,基本的には悪いやつじゃない。だから,追い出す必要もないし攻撃する理由もない。これが「創面での上皮細胞と黄色ブドウ球菌の共存」である(・・・あくまでも仮説ね)。
この共存には一つのルールがあるみたいに見える。「黄色ブドウ球菌は上皮細胞に対してはおとなしく居場所を提供するが,外来菌に対しては絶対に領地を渡さない」というものだ。こういう「人間側に都合のいいルール」を黄色ブドウ球菌が了承したからこそ,彼らは皮膚に棲みつくことを許され,人間側もわざわざ彼らを排除しないのだろうという推論も成り立つ。ただ,あまりに人間に都合が良すぎるので,それに気が付いた黄色ブドウ球菌が,時々反乱を起こしてトビヒを作ったり,乳児で致命的となるSSSSを起こしたりするけど・・・。
そういえば,トビヒなどの皮膚感染症が乳幼児に多いのも何となく説明がつく。赤ん坊はまだ皮膚の常在菌との付き合いに慣れていないから,ちょっと細菌が進入すると過剰に反応してしまい,反応が穏便なうちはトビヒで済んでいるが,これが免疫系の暴走を引き起こして全身的な過剰反応が起こると一種の自己免疫疾患みたいになり,それがSSSSになる・・・,という解釈である(違っているかもしれないけど)。
このように考えると,皮膚での黄色ブドウ球菌感染が乳幼児で非常に多く,年齢を増すごとに次第に減少していくのもなんとなく説明できる。皮膚常在菌や黄色ブドウ球菌との付き合い方を学んだ結果である。
お伽話的解釈かもしれないが,現実の傷の治り方を見ていると,なんだかこう考えたくなる。
(2005/10/13)