MRSAという黄色ブドウ球菌は,抗生物質への耐性を持たない黄色ブドウ球菌に比べ,繁殖力が弱い傾向を持っているらしい。
これはMRSAでも例外ではない。例えば,通常の黄色ブドウ球菌の世代時間(細菌が正確に2分裂で増殖すると仮定して,1回分裂するのに必要な時間の事)は40分くらいであるのに対し,メチシリン抵抗性の低いMRSAでは世代時間は120分程度,そしてメチシリン抵抗性の高いMRSAでは210分なのである。要するに,抵抗性の低いMRSAが1回分裂する間に,通常の黄色ブドウ球菌は3回分裂し,抵抗性の高いMRSAが1回分裂する間に通常のものは5回も分裂しているのである。
なお,基礎データはこちらのサイトから引用させていただきました。ありがとうございます。
これはMRSAに限った事ではなく,他の耐性菌にしても,強力な毒性を持つ変異菌(病原性大腸菌O-157など)にしても,一般に繁殖力は非常に弱いと言われている。これはどうも,毒性(あるいは多剤耐性)と繁殖率が二律背反の関係にあるかららしい。つまり,強い毒性や強力な多剤耐性を得た菌はその代償として繁殖力が弱くなってしまうらしいのだ。
ここで,この上記3種の黄色ブドウ球菌1個が時間の経過とともにどのくらい増えるか見てみよう。
時間 | 黄色ブドウ球菌 (メチシリン耐性なし) |
MRSA (メチシリン耐性やや強い) |
MRSA (メチシリン耐性強い) |
0 | 1 | 1 | 1 |
40分後 | 2 | 1 | 1 |
80分後 | 4 | 1 | 1 |
120分後 | 8 | 2 | 1 |
160分後 | 16 | 2 | 1 |
200分後 | 32 | 2 | 1 |
240分後 | 64 | 4 | 2 |
280分後 | 128 | 4 | 2 |
320分後 | 256 | 4 | 2 |
360分後 | 512 | 8 | 2 |
400分後 | 1024 | 8 | 2 |
440分後 | 2048 | 8 | 4 |
480分後 | 4096 | 16 | 4 |
グラフにするとこんな感じになる。
要するに,時間がたてばたつほど,この3種類の黄色ブドウ球菌の数の差は大きくなる。つまり,通常の黄色ブドウ球菌は6時間後には4000倍の数に増えているのに,メチシリンに高い耐性を持つ菌はたった4倍にしかなっていないのである。
従って,耐性を持たない黄色ブドウ球菌とMRSAが同じ土俵に立ったら,MRSAに繁殖の余地はないのだ。要するに,MRSAとは「黄色ブドウ球菌界のモヤシっ子」であり「日陰の存在」なのである。
では,このような「日陰菌」が増えられる状態とはどういう場合だろうか。いうまでもない,「黄色ブドウ球菌に最適の条件がそろっているのに,なぜか黄色ブドウ球菌もその他の菌もいない状態」しかないはずだ。しかし,そんなにMRSAに都合のいいことがあるだろうか。
もちろん,自然にはそんな事は起こりえない。細菌が繁殖できる環境があったら,黙っていないのが細菌だからだ。しかし,それに人間が関与すると「ありえない環境」が実現する。それが抗生物質である。
傷があって抗生剤投与を続ければ,通常の黄色ブドウ球菌(とそれ以外の細菌)は消え,傷表面は「細菌不在地帯」となる。MRSAが棲みつき,数を増やすとすればこのタイミングしかない。しかもこの細菌は1回の分裂に3時間半もかかるのである。まる一日かかっても分裂は7回,つまり最初の数の128倍くらいにしか増えてくれない「のんびり屋さん」なのである。だから,抗生剤は一日だけでなく何日も連日投与してくれないと困る。でないと,通常の黄色ブドウ球菌との陣取り合戦に負けてしまう。
要するに,MRSAの細菌叢ができるためには,ある時点で人間が抗生剤(他の細菌は殺すがMRSAには効かない)を何日も連続投与するという作業が必要なのである。そして,一旦MRSAの細菌叢が成立してしまえばMRSAの天下である。MRSAがある局面(鼻腔粘膜とか創面とか)をびっしりと覆ってしまえば,それ以外の細菌は入り込めないから・・・。
これが,「術後離開創といえばMRSA」「術後感染創といえばMRSA」の真相ではないだろうか。
(2005/09/30)