創面からS.aureusが検出されるのは当たり前である。創面は滲出液(=pH7.4)のために中性,そして好気性の環境だからだ。この条件で繁殖できる細菌がS.aureusなのだ。一方,表皮ブドウ球菌やPropionibacterium属などの皮膚常在菌は「pH5.5,皮脂が存在する」環境でなければ生きていけない生物だから,創面に進出しても繁殖できないのだ(『人体常在菌 ―共生と病原菌排除能』参考)。
つまり,傷があって細菌を調べたときにS.aureusが検出されるのは自然現象であり病的状況ではない。たとえそれがMRSAであっても病的状態とはいえないのだ。
これは,細菌との共生という観点から見ると,人間の側にも「S.aureusに創面にいてもらわなければ困る」という事情があるのではないかと考えられる。創面にS.aureus単独のコロニーができてしまえば,そこは安定した生態系となり,その他の細菌の侵入を防ぐことになるからだ。つまり,傷口から入ると確実に人体側に破壊性を発揮する細菌(例:A型溶連菌など)が傷口から入ろうとしても,S.aureusが邪魔して入れないわけだ。つまり結果として,S.aureusは人体を守ることになる。
「そんなことを言ったって,傷口がS.aureusで化膿することがあるだろう。食中毒も起こす。だからS.aureusは人体に有害な細菌だ。傷口からS.aureusが検出されるのは異常な現象だ」という反論もあるかと思う。
これはS.aureusとA型溶連菌(=人食いバクテリア)ではどちらがましか,と考えれば答えが出てくる。確かにS.aureusは人体に害をなすが,その害の程度は人食いバクテリアに比べたらまだましである。言ってみれば,こそ泥と殺人犯の違いだ。S.aureusは皮膚常在菌ではなく,常在菌のように人間と共存共栄の関係にはなく,たまにはこそ泥になるなどの悪さをするが,殺人犯の侵入は確実に防いでくれるのだ。要するに,完全にいいやつじゃなくチョイ悪なんだけど,いざという時には頼りになるのだ。それなら,居てもらってもいいだろうし,居てもらう意味もある。
共生進化論的に考えても,人体への毒性が強い細菌と毒性が比較的弱い細菌との共生があった時,生き残るのは後者だけだ。なぜかというと,前者の場合,宿主である人間が死ぬ可能性があるからだ。そのようにして,より人体への毒性が弱い細菌との共生に変化し,現在のS.aureusとの共生に落ち着いたのではないだろうか。
だから,傷ができたら真っ先にS.aureusに駆けつけてもらい,そこにコロニーを作ってもらう必要がある。つまり,皮膚には常に常在してもらう必要がある。しかも,傷は全身どこにでもできるのだから,S.aureusもまた全身にくまなく存在してくれなければ困る。
しかし,S.aureusは正常皮膚(=pH5.5で皮脂とその分解産物でいっぱい)はS.aureusの生育環境ではない。むしろ,皮脂とその分解産物は,S.aureusに繁殖阻止因子なのだ。つまり,皮膚にいて欲しいが皮膚では生存できない,という矛盾が生じてしまう。
では,S.aureusは傷がない皮膚のどこにいるのか。ここから先は思考実験,推論であるが,恐らくこの細菌は毛嚢などの皮膚付属器官に「生きているが培養できない細菌 Viable But NonCulturable (VBNC)」で存在し,普段は休眠状態になっているのではないだろうか。そして,皮膚が傷つき,滲出液が出てくると目覚め,増殖を始めるのだろう。これなら,全身のどこに傷ができても速やかにS.aureusが創面で増殖し,より有害な細菌の侵入を防いでくれる。恐らく,こう考えるのが最も理にかなっているはずだ。
(2007/12/29)