皮膚の傷が無菌であるはずがない


 細菌の生命力は偉大だ。わずかな水分とわずかな栄養,そして適度な温度があれば,そこに定着する。例えば,カメラのレンズについた指紋を放置しておくとそこにカビが生えてくるが,これなどは,指紋に含まれるわずかな脂分と水中の水分で生きているのだ。

 そのほかにも,金属表面に生えるカビ(微生物)もあれば,有機水銀や青酸ナトリウムなどの猛毒を分解して生きていく菌もいる。-17℃の低温で活動している菌もいれば,高濃度の硫化水素を含む350℃の高圧高温熱水が噴き出すところでなければ生きていけない菌もいる。地下5000メートルの花崗岩の中で生きている菌もいる。南極の氷の中にも,成層圏上層の空中でも生きている細菌は見つかる。だから,イソジンの中で生活するなんて彼らにとっては朝飯前である。

 要するに,地球上で「細菌がいない」ということはありえないのである。


 とはいっても,地表で暮らす大多数の細菌にとっては水分は少ないよりは多いほうがいいし,栄養も豊富なところを好む。温度も地表の常温くらいが都合がいい。

そういう細菌側の事情(好み)からすると,傷口(創面,肉芽面)とはどうだろうか。いうまでもなく創面は温度は36℃くらいで安定し,水分も栄養も豊富だ。いわば,細菌の繁殖に絶好の条件であり,「駅から徒歩3分,南向き,冷暖房・駐車場完備,スーパーまで徒歩2分」みたいなものである。こういう物件を前にして断る理由はない。私が細菌なら,真っ先に創面に引越し,住処にしようするはずだ。

 私が考えるくらいだから,他の細菌も同じだろう。大体,細菌という生物は,常に新たな住処を求めていて,競合する細菌と領土争いというか,陣地の奪い合いをするのがサガである。そういう細菌たちにとって,新たにできた傷は,新たな領土そのものであり,降って湧いたような絶好の物件である。


 何しろ細菌たちは,カメラのレンズの表面まで住処にしようと狙っているのである。彼らが傷口を見逃すはずがない。だから,傷が無菌になるということは絶対にありえないのである。そうでなくても傷周囲の皮膚には皮膚常在菌が一杯だ。こいつらが黙っているわけがないのだ。

 以前にも「庭にアリの巣があって」とを書いたが,傷があるということは庭のアリにとって,窓が開いていて部屋の中に食べ物があるようなものだ。窓が開いていて,アリに入るなといっても無駄だし,殺虫剤でアリを殺してもまた別のところから入ってくるだろう。餌となるものがある限り,アリは必ずどこかからはいってくる。
 アリが部屋に入ってくるのが気に食わなかったら,アリの巣を根こそぎ破壊するしかない。つまり,庭自体を破壊しなければいけない。


 だから,傷をいくら消毒しようと,抗生剤を投与しようと,傷が無菌になる事はありえない。傷の表面を培養して「細菌(MRSAなど)がいる」と騒ぎ立てるのは意味がないし,愚の骨頂である。思慮が足りていないのである。

 黄色ブドウ球菌やMRSAがいて困るのだったら,どんな細菌ならいてもいいのだろうか。カビならいいのだろうか。放線菌なら許せるのだろうか。大腸菌がいればいいのだろうか。緑膿菌なら安心なのだろうか。細菌でなくキノコが生えてくればいいのだろうか。

 繰り返すが,皮膚に傷ができてそこが無菌ということは生物学的に絶対にありえないのだ。傷の面に黄色ブドウ球菌やMRSAがいるのが許せないというのだったら,どういう細菌なら許していいのか,それを示すべきである。それが科学である。

(2005/09/22)

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